Steel Panthers World War 2   JAPANESE  HQ

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チェコスロバキアの戦車1(〜1939年)

FT-17 /  FT-17c (チェコスロバキア)
Tancik  vz.33 (チェコスロバキア)(スロバキア)
AH-�� (ルーマニア)(スウェーデン)
T-32 (ユーゴ)
T-21 (ハンガリー)
LT vz.34 (チェコスロバキア)(スロバキア)
LT vz.35 (チェコスロバキア)(スロバキア)(ルーマニア)(ブルガリア)(ドイツ)
LT vz.38 (チェコスロバキア)(スロバキア)(ドイツ)(ハンガリー)(ルーマニア)(ブルガリア)(ソ連)
TNH-Sv  (スウェーデン)    
ST vz.39 (チェコスロバキア)      
LT-40 / LT-40-MG  (スロバキア)

FT-17  /  FT-17c


チェコスロバキアのFT-17の貴重な写真

チェコスロバキアの最初の戦車はフランスから購入したFT-17です。

1921年にフランスへ戦車の技術を学ぶために将校を派遣。

1922年から1924年の間に7輌のFT-17を購入しました。

37mm砲搭載型が4輌
機銃搭載型が2輌
通信車輌(FT-TSF)が1輌

チェコスロバキアが購入した車輌は全て中古品だったそうです。

1930年代に入ると、修理のための部品をフランスから入手するのが困難になり何輌かが失われ、1935年には訓練用に使われるようになりその後、新型戦車に代わっていきました。

1938年に3輌がまだ稼動しましたが、ドイツ軍占領下でもドイツ軍は使用しなかったため戦後まであったそうです。

チェコスロバキアではホッチキス機関銃を「7.92mm vz24」に換装しています。

この機関銃は、シュワルツローゼ機関銃をチェコスロバキアで改修したもので、本来8mm弾ですが7.92mm弾を使用しました。

機銃搭載型は1930年から1936年9月まで購入可能

37mm砲搭載型が1930年から1937年12月まで購入可能


Tancik vz.33


チェコスロバキアのvz.33豆戦車

Tancikとは、Tanketteの意味

チェコスロバキアには1924年にフランスから購入したルノーFT-17がありましたが、チェコは他国の兵器に依存する選択をせず、自国での製造へと踏み切りました。

カーデンロイドを3輌のみ購入し、ヴィッカーズ社と10年間のライセンス契約を結びました。

CKD社がカーデンロイドをテストした結果、装甲の薄さと走行性のひどさを改善するためにライセンス生産の前に改造に入ります。

そして完成したのがvz.33です。

1934年から生産が始まり、試作車輌含め74輌が完成しました。

チェコ併合後の1943年、スロバキア軍は30輌のvz33で反乱の鎮圧や訓練に使用されました。


機銃は7.92mm ブルーノZB vz.26機関銃

スピード12(35km/h)

装甲値1

ゲームデータ上の数値を見ると、カーデンロイドよりもスピードが遅いが、実際の乗り心地や走行性はかなり改善されていたそうです。


LT vz.34


チェコスロバキアのLT-34軽戦車

チェコスロバキアは国境をドイツ、ハンガリー、ポーランド、ルーマニアと面していたため、国境での常に紛争が絶えませんでした。

ドイツとの国境に作ったチェコスロバキア国境要塞線という要塞があるほどです。

そのためチェコスロバキア1930年代から軍備を整えるために、兵器の開発を行います。

それまでFT-17しかありませんでしたが、イギリスからヴィッカーズガーデンロイド豆戦車を購入し、自国で改良したTancik vz.33豆戦車を生産しました。

しかしこの戦車はあまり評判がよくなかったため、砲塔を持つ軽戦車の開発に乗り出しました。

開発はチェコスロバキアのCKD社で、この会社は電車・機関車を作る会社です。

開発は進まず、1932年から1934年にかけて設計が行われ、1934年から生産が始まり、1935年までに50輌が作られました。

主砲はチェコスロバキア製の37mm vz.34砲

機銃はvz.35が2挺

これはZB-53機関銃の初期バージョンです。

スピード12(30km/h)

最大装甲15mm

15mmの装甲では37mm砲や対戦車ライフルに弱く、チェコスロバキア軍はすぐに改良の指示を出し、vz.35へと改良されていきます。

ドイツ軍はチェコ併合後、22輌を鹵獲しましたが使用しませんでした。


LT vz.35


チェコスロバキアのLT-35軽戦車

LT-34はチェコスロバキア軍に採用されましたが、装甲の薄さの欠点もあり、チェコスロバキア軍は新たな戦車の開発を進めました。

LT-34はCKD社で作られましたが、CKD社とシュコダ社の2社で新たな戦車の競争をさせました。

その結果、シュコダ社に決まりました。

シュコダ社は当時、チェコスロバキア最大の財閥であり、多くの兵器を製造していた会社です。

シュコダ社が開発した試作車輌S-��-aはCKD社の開発したP-��-aによりも優れていたかというとそうでもなかったのですが、シュコダ社のS-��-aが選ばれました。

1935年にLT vz.35として採用され、1936年から生産されましたが開発を急いだことで電気システムに多くの欠陥が見つかったため一時生産は止まりましたが1940年まで生産され、434輌が作られています。


主砲は37mm vz.34

これはLT-34と同じ砲です。

最大装甲25mm

輸出用としても作られ、ルーマニア(126輌)とブルガリア(36輌)に売却されました。

ドイツ軍はチェコ併合で218輌を鹵獲し、Pz.Kpfw.35(t)としてポーランド侵攻、フランス侵攻で使用しました。

またスロバキアはチェコスロバキアから52輌を押収しました。



LT vz.38


チェコスロバキアのLT vz.38軽戦車

LT vz.35には多数の欠陥が見つかったため、LT vz.35に代わる戦車がCKD社で開発されました。

CKD社は新たにTNH-S型を開発、これが採用されました。

TNH-Sの詳細はこちら

1938年に完成し、LT vz.38としてチェコスロバキア軍に制式化され、チェコスロバキアは生産を急ぎましたが、1939年にドイツに併合されてしまったため、生産が予定されていたLT vz.38は全てドイツ国防軍用に生産されることになりました。

しかしドイツ軍に使用されることで、電撃戦で活躍し歴史に名を残した名戦車となりました。

1939年から1942年までに総1433輌が生産されました。

ハンガリー、スロベキア、ルーマニア、ブルガリア、スウェーデン、ペルーでも使用されました。


チェコスロバキアに登場する車輌は試作車輌です。

実際にはチェコスロバキア軍には1輌も配備されませんでした。

ただし1938年、併合前に試作車輌は完成し、最初に作られた10輌は武器を搭載していない車輌がありました。

この車輌のことだと推測します。

(後にこの車輌もドイツ軍により武器を搭載しています)


ST vz.39


チェコスロバキアのST vz.39中戦車

CKD社で開発された戦車で、当初は V-8-Hと呼ばれ、開発が行われました。

歩兵戦車あるいは中戦車として、1936年10月に開発が始まり、1937年の夏に試作車輌が完成しました。

しかしエンジンの換装や修正が多く、1938年まで完成せず、1938年にズデーデン地方がドイツに割譲されたため、生産は中止となりました。

ドイツ軍は1940年に完成した車輌を本国へ移し、試験を行いましたが、その頃3号戦車を生産しており、生産をしませんでした。

またルーマニア、スウェーデン、中国にも生産の交渉をしましたが、生産には至らず、試作車輌のままCKD社の工場に保管され廃棄されました。

主砲は47mm vz.36砲

これは47mm対戦車砲を戦車砲に改造したものです。

同軸機銃と車体機銃は、7.92mm vz.37機関銃

ゲームには7.92mm vz.30になっています。

スピード13(45km/h)

最大装甲32mm