Steel Panthers World War 2 JAPANESE HQ
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Renault FT-17
CharNC1(f) / Char NC2
Vickers Mk E (a) / Mk E(b)
Vickers M1936
CV-33 / CV-35
BR LT MK ��c
BR Matilda ��
BR A10
BR Valentine ��
Carrier (中東のギリシャ軍)
Stuart (戦後)
Carrier AOP (戦後)
Churchill �次 弊鏝紂�
Centaur �� / Centaur �� (戦後)
Sherman �后�(戦後)
ギリシャのFT-17については、非常に情報が少なく調べるのに苦労しました。
いくつかのサイトではギリシャの購入はないとあったり、あるいは1919年に起こった「希土戦争」でFT戦車が使用されたという話もあります。
FT戦車に関しては海外でもかなり熱心に調べている方がいて、本も出版されています。
なので海外のフォーラムなどを参考にするのが一番よさそうで、それを書いておきます。
ギリシャ陸軍では1926年、戦車部隊を作る動きがあり、1929年にフランスから10輌を購入しましたが、結局戦車部隊は設立されませんでした。
この後、1940年10月にギリシャでは「ギリシャ・イタリア戦争」が始まります。
このときギリシャ軍には戦車部隊はなかったのですがFT-17があったという説があります。
ゲーム内での説明には、1940年10月の時点でギリシャが保有していたのは、
FT-17
Char NC1
Char NC2
Vickers E (a)
Vickers E (b)
となっています。
これらの車輌はわずか数輌(1〜2輌)あったと記録にはありますが、実際可動したのかどうかは不明です。

ゲームで[Char NC1(f)]として登場するのはNC-27です。
輸出用として20輌が作られただけですが、ギリシャは1輌を購入しています。
(f)とあるのはフランスの意味です。
日本が購入したルノー乙型と性能は同じです。
1940年12月まで購入可能
もう一つのギリシャに登場する[Char NC2]ですが、これも解読が難航しておりやす。
ギリシャが購入したという情報をあたくしは知りません。
検証委員会にあげておきます。
性能は機銃が2つ連装になっています。
装甲値が車体側面も3になっています。
購入が1937年からとなっています。

イギリスのヴィッカーズ6トン戦車
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ギリシャは1935年に双砲塔のType Aと単砲塔のType Bを1輌づつ購入しました。
その後、14輌を追加注文したそうですが、戦争が始ったため到着しませんでした。
画像は貴重なギリシャ軍のヴィッカーズ6トン戦車。
1輌づつしかなかったにもかかわらず、ギリシャの主力戦車だったこともあり写真が残っています。

この写真を見ると、カーデンロイド豆戦車がいますね。
ゲームには登場しませんがギリシャはカーデンロイド豆戦車を2輌、これはヴィッカーズ6トン戦車と同時にテスト用に購入しましたが、使用されなかったそうです。


Type Aはヴィッカーズ機関銃2挺装備。
Type Bは47mm SA34砲
これは中国やタイで登場する車輌と同じ砲で、なぜフランスの砲になっているのか不明です。

イギリスのカーデンロイド1936年製軽戦車
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1938年にKNIL軍(オランダ領東インド軍)がイギリスに発注した73輌のカーデンロイド1936は、24輌が輸送され届けられましたが、残りはWW2が始まったために輸送ができませんでした。
そのためイギリスはこの40輌を訓練目的で使用していましたが、ギリシャの戦局が悪化したため、急きょギリシャに送られることになりました。
何輌が送られたのかは分かりませんが、写真に残っているので数輌だと思われます。

ギリシャの戦いでドイツ軍に鹵獲されたため画像で確認できます。

主武器が7.92mmベサ機関銃に換装されています。

イタリアのCV-33、CV-35豆戦車
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ギリシャは1940年10月に起きた「ギリシャ・イタリア戦争」でイタリア軍から数輌のCV-33、CV-35を鹵獲しました。
このバルカン半島を巡る戦いは、ギリシャ軍とイギリス軍対イタリア軍、アルバニア軍、ドイツ軍とで行われました。
少しこの戦争を見ていきましょう。
1940年10月28日〜11月13日
侵攻を開始したイタリア軍は攻勢でしたが、ギリシャの地形に苦戦を強いられていき、ピンドスの戦いでイタリア軍は5000名の死傷者を出し敗退、逆にギリシャはアルバニアの領土まで進出しました。
この起伏の激しい地形にイタリアのCV-35やM13/40戦車は対応できず、作戦に大きな支障をきたしました。
1940年11月14日〜1941年1月6日
ギリシャは反撃に転じます。モラヴァ・イワンの戦いでギリシャ軍が勝利、ギリシャ軍の士気は一気にあがりました。
1941年1月6日〜1941年4月6日
ギリシャ軍の補給が尽きかけてきました。あらゆる物資が不足するのと、兵士の精神的疲労も大きくなりました。そのためイギリス軍がラスター作戦という航空支援作戦を行うことになります。
しかしイギリスも物資に余裕が全くなく、ギリシャは伸びきった戦線を維持することが難しくなってきます。
4月6日、ドイツ参戦。ここからはギリシャの戦いと言われ、ギリシャ・イタリア戦争の延長と歴史的には捉えられています。

ギリシャに登場する車輌はCaptured Tankです。
(以前はCV-38も登場しましたが、アップデートで削除されました)

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ギリシャに登場する[BR]と頭に入っている戦車は、1941年3月から1941年5月までのギリシャの戦いがあった期間限定で登場します。
「BR」は「ブリティシュ」すなわちイギリス軍という意味です。
ギリシャの戦いは連合軍にとっても重要な戦いであったことから、イギリス軍、オーストラリア軍、ニュージーランド軍をイギリス連邦軍として、約6万名の兵士をギリシャに派遣しました。
ゲームでも1941年4月と5月だけは、イギリス軍部隊とANZAC軍部隊がギリシャの中に登場してきます。
オーストラリア軍とニュージーランド軍は[ANZAC]と頭にある部隊です。
(歩兵部隊で登場します)
ギリシャの戦いは1940年10月から始まっていますが、1941年4月にドイツ軍が参戦しました。
そのためイギリス・ANZAC軍も派遣されました。
1941年4月27日、首都アテネは陥落し、その後イギリス連邦軍はクレタ島へと移ります。
クレタ島は地中海で重要な要衝であったため、ここでは激しい戦闘が繰り広げられました。(クレタ島の戦い)
ドイツ軍はクレタ島を守る連合軍の戦力を見誤り大損害をだしました。
クレタ島にはイギリス軍の第7ロイヤル戦車連隊のマチルダ2が9輌、また第3竜騎兵連隊(King's Own Hussars)にはヴィッカーズ軽戦車Mk.��bが16輌ありました。
ゲームではヴィッカーズ軽戦車Mk.��cが登場しますが、記録ではMk.��bだったとあります。

↑の写真はクレタ島で破壊されたヴィッカーズ軽戦車Mk.��bの貴重な写真です。

クレタ島にはバレンタイン歩兵戦車があったという記録はありませんが、ギリシャの戦いの中で使用されたのかもしれません。





イギリスのブレンキャリア、またはユニバーサルキャリア
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イギリスは約100輌のブレンキャリアを1940年ごろにギリシャへ送りました。
これらはギリシャの戦いで使用されています。
また1941年4月のギリシャの戦いでドイツ軍に占領されたため、エジプトのカイロに亡命政府を樹立しました。
一方、ギリシャ兵たちは中東のイギリスが支配する地域へ逃亡しました。
そこで1941年6月、中東のギリシャ軍という部隊が結成されました。

イギリス軍の第50師団におかれ、エルアラメインの戦いに参加しているので、ユニバーサルキャリアは供給されたのでしょう。
中東のギリシャ軍はエルアラメインの戦いの後、エジプトへ帰還、部隊は再編制されます。
その後、ギリシャでの内紛があり、部隊は大幅に削減され、1945年に解散しました。

アメリカのM3A1軽戦車
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戦後の登場です。


こちらはブレンキャリアの指揮用車輌

イギリスのチャーチル歩兵戦車マーク8
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ギリシャに登場する車輌は戦後の登場です。


イギリスのセントー巡航戦車(A27L)
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ゲームではセントー�機�Mk.�機砲論鏝紊離�リシャにのみ登場します。
1946年初頭、ギリシャ内戦が勃発しました。
このときアメリカ、イギリスはギリシャ陸軍を支援しましたが、イギリスは52輌のセントー巡航戦車をギリシャに送りました。
ギリシャ軍はこの車輌で訓練し、戦車連隊を作り、1957年まで使用しました。

主砲は6ポンド砲
副武装にベサ機銃2挺
スピード18
最大装甲76mm
セントー4も登場します。

アメリカのシャーマンM4A4
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ギリシャではシャーマン戦車が使用されなかったというのが通説でしたが、1944年のギリシャでの共産主義者の反乱を鎮圧するために数輌のシャーマンがあったというのが分かってきました。
また最近になってギリシャを訪れたアイゼンハワー大統領の映像に、M4A4のドーザー(Dozer)が映っている映像が見つかっています。
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ゲームでは戦後の登場となります。