Steel Panthers World War 2 JAPANESE HQ
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FT-17M / FT-17C
C-L 47mm FRC
T-13 B1/B2
T-13 B3
ACG-1
T-15
自由ベルギー軍について
Carrier (自由ベルギー軍)
M10 17pdr
M36 Jackson
Stuart �� (戦後)
Churchill �察�/ Churchill AVRE (戦後)
Sherman �� / Sherman Crab �� (戦後)

ベルギーは1919年にフランスから54輌のFT-17を購入しています。
1920年代にベルギーには戦車部隊が設立され、1934年までは戦車部隊で使用されましたが、1938年に機動憲兵隊の車輌となり一線を退いています。
しかし1940年のドイツ軍との戦いでは再び使用されたそうです。
ベルギー軍に登場するFT-17は武器はフランスと同じです。
しかし「Size」が2ではなく3(?)
これに関しては誤入力の可能性が高いです。
検証報告しておきます。
1930年から1940年6月まで購入可能

ベルギーの47mmカーデンロイド駆逐戦車
FRCはベルギーの砲製造会社
ベルギーは1931年にカーデンロイドを6輌購入しました。
当初は対戦車砲の牽引車輌として購入した車輌ですが、47mmと76mmの対戦車砲を搭載する改造が行われました。
それぞれ1輌ずつ改造されましたが、76mm砲の方は重すぎてうまくいかず、47mm砲のみが完成しました。
しかし車内が狭すぎるため弾薬を積載できず、また重量が重くなりすぎました。
しかしこの試みが後のT-13駆逐戦車へとつながっていきました。
1940年5月のドイツ軍の侵攻ではドイツ軍に対し待ち伏せ攻撃を仕掛け数発を撃ったそうです。

ゲームではフランスの47mmSA37の方になっています。
装甲値1

ベルギーが開発したT-13 駆逐戦車
ベルギーは立場的に中立国という立場だったので、戦車や爆撃機などの兵器を他国から購入することでドイツを刺激することのないように注意をしました。
そのためなるべく目立たないような兵器の購入をすることになりました。
1934年、イギリスのヴィッカーズ社の砲兵トラクター「ライトドラゴンMK1」を56輌購入、このトラクターはカーデンロイド豆戦車の車体を改良したもので、エンジンが強力になっていました。
ベルギーはこのトラクターに目をつけ、これをライセンス生産することにし、車体に47mm対戦車砲を搭載させることに成功、T-13と名付け、1935年にT-13 B1が30輌作られました。
その後、改良型のT-13 B2が20輌作られました。
オープントップの自走砲で、砲が後ろ向きが基本となっています。
主砲は47mm SA37になっています。
実際はベルギーの47mm FRC対戦車砲を搭載させたのですが、ゲームでは戦車砲としては全てフランスの47mm SA37になっています。
ちなみに47mm SA37の方が強力です。

T-13 B3は、車体にライトドラゴンMK2を使用しました。
約250輌が生産されました。
エンジンや装甲が改善されましたが、ゲームでの数値は変わりません。

車体上部は密閉式になりましたが、砲塔上部は後面が非装甲です。
ベルギー軍の主力戦車として期待されましたが、1940年5月のベルギーの戦いでは初日から故障が相次ぎ、またドイツ空軍の餌食となり次々と失われました。
ただし47mm砲はドイツ戦車には有効だったそうです。

フランスのAMC 35またはACG-1軽戦車
詳細はこちら
ベルギーではACG-1と呼ばれました。
ベルギーは1935年に騎兵隊の装甲化を進め、イギリスのヴィッカーズマーク�祁收鐚屬魏�造したT-15軽戦車がありましたが、フランスにAMC 34を発注しました。
しかしルノーの財政難により生産が遅れ、AMC 34は受け取ることはできませんでした。
その後、AMC 35が開発されたため10輌を購入、1938年にベルギーに到着しました。
ベルギーではAMC 35の砲塔にベルギー国産の強力な47mm FRC対戦車砲を搭載させました。
1輌は訓練用に使用し、1輌はエンジンやサスペンションの摩耗があったため交換用に潰し、残り8輌が騎兵部隊の装甲車輌となりました。
1940年5月10日に始まったベルギーの戦いでは、これらの車輌はどのようにドイツ軍と戦ったのかは不明ですが、4輌が対戦車砲で破壊され、2輌が故障のため放棄、2輌はドイツ軍に鹵獲されました。
主砲はベルギーの47mm FRC対戦車砲
ベルギーではモーゼル製の7.65mm弾を使用しました。

ベルギーのT-15軽戦車
1930年代、ベルギー軍はそれまで使用していたFT-17が完全に時代遅れになったため、FT-17に代わる新しい戦車の検討が行われました。
ただしT-13のところでも述べたとおり、ベルギーという国は地理的にもドイツと近く、中立の立場を取っており、とにかく兵器の購入でドイツを挑発しないというのがありました。
そこで選ばれたのがイギリスのヴィッカーズマーク3軽戦車です。
このマーク3軽戦車の輸出型であるVCL 1934を42輌購入することにし、円錐形の砲塔に変更し、武器はなしの受注となりました。
1934年から1935年にかけてイギリスから車輌が輸送され、ベルギー国内のFRCで砲塔に武器が取り付けられました。
スピード18(64km/h)
最大装甲9mm

ベルギーは1940年5月10日、ドイツ軍の侵攻を受け、28日に降伏しました。
ベルギー国王のレオポルド3世はドイツ軍の捕虜になりましたが、ベルギー政府はフランス経由でイギリスに亡命し、1940年10月に亡命政府を樹立しました。
そして諸国に住むベルギー同胞に徴兵を呼びかけました。
1942年、イギリスでピロン大佐を指揮官とする第1ベルギー歩兵旅団が結成され自由ベルギー軍となりました。

ピロン旅団とも呼ばれたこの部隊は、1944年8月にノルマンディーに到着し、イギリス軍、カナダ軍と共に戦い、ベルギー国内に入った最初の連合軍部隊となりました。
その他にもイギリスで多国籍軍の特殊部隊No.10コマンドー(Inter-Allied)としての訓練を受けた兵士もいます。
またアフリカの植民地ベルギー領コンゴでは、ベルギー降伏後も1941年に東アフリカ戦線でイタリア軍と戦いました。
東アフリカ戦線のシナリオはこちら

イギリスのブレンキャリア、またはユニバーサルキャリア
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自由ベルギー軍はイギリスから車輌を提供されました。


アメリカのM10駆逐戦車
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ピロン旅団(独立ベルギー旅団)は、ノルマンディー上陸後に到着し、カナダ第1軍のイギリス第6空挺師団に配属され、共に戦いました。
このときのピロン旅団(第1ベルギー旅団)には、偵察用車輌はありましたが、戦車はなかったことから、ベルギーに登場する車輌に関しては不明です。

アメリカのM36駆逐戦車
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アメリカのM5A1軽戦車
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ベルギーには戦後の1946年1月に登場します。


イギリスのチャーチル歩兵戦車、チャーチルAVRE
ベルギーには戦後の登場となります。



アメリカのシャーマンM4A4
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ベルギーは戦後、スクラップとなった車輌をイギリスから安価に購入し、それを再び修理しました。
1950年には72輌ありました。


シャーマンクラブ2は1944年の登場です。