Steel Panters World War 2   JAPANESE  HQ

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砲・ 武器・特殊兵器 5

47mm AT-Gun (フランス)
4.7cm Pak 183f (ドイツ)
C/C 47L53 SA37 (イタリア)

20mm Type98 AA-Gun / 20mm(2) Tp4 AA (日本)
25mm Twin AA / 25mm Triple AA (日本)
C/C 47L32 M.35 / C/C 47L32 M. 39 (イタリア)
4.7cmPak177i (ドイツ)
47mm Inf-Gun(ルーマニア)
47mm M39 AT-Gun (フィンランド)
47mm AT-Gun (ポーランド)
45L32 AT-Gun (ユーゴスラビア・中国)

47mm AT-Gun (オランダ)
47mm M35 AT-Gun (フィンランド)
47mm L32 AT-Gun (ソ連) 

47mm KPUV vz.38 (チェコスロバキア)
47mm AT-Gun (ユーゴスラビア)
4.7cmPak36(t)(ドイツ)

47mm AT-Gun (ルーマニア)
37mm KPUV vz.30 / 37mm KPUV vz.37 (ユーゴスラビア)(スロバキア)


47mm AT-Gun (フランス)

47mm AT-GUN

フランスのAPX社(37mm砲で有名なピュトーのこと です)で作られた47mm対戦車砲。

ドイツ軍のフランス侵攻時、最も威力のあった対戦車砲。

この砲は「SA37(L53)」だが、47mm砲の(SA35)は中戦車「ソミュアS-35」に装備されています。

フランスでは37mm砲(SA18)が全く威力不足のことから、25mm砲が作られましたが、その後、この47mm砲も作られました。

この47mm砲はドイツ戦車に対して非常に威力を発揮し たそうです。

生産数は1268門。

購入は1938年1月〜1943年4月 まで


4.7cm Pak 183f (ドイツ)
C/C 47L53 SA37 (イタリア)

4.7cm Pak 183f

上記のフランスの47mm SA37は、ドイツ軍により鹵獲され使用されました。

ドイツ軍での兵器名称は 「4.7cm Pak181f」

ゲームに登場するのは「183f」ですが、これは「181f」の改良型です。

またイタリアでも「C/C 47L53 SA37」として登場します。

ドイツ軍では1941年1月〜1944年 12 月まで

イタリア軍では1942年3月〜1943年8月まで


20mm Type98 AA-Gun  / 20mm(2) Tp4 AA (日本)

九八式20mm高射砲

「20mm Type98 AA-Gun」は1938年 に日本軍が開発した「九八式20mm高射砲」

高度2000mm以下の航空機、あるいは対戦車攻撃を前提に開発されました。

初めて実戦に投入されたノモンハンの戦闘では、戦車に対して水平射撃を行い戦果を挙げています。

2500 門が生産され、太平洋戦線でも高射機関砲部隊として配備されました。

また試作車輌として作られた「対空戦車タセ」 の高射砲は、この九八式20mm高射砲を車輌搭載型に改良した「二式20mm高射砲」です。

1938年1月 〜1946年12月

四式20mm高射砲

「20mm(2) Tp4 AA」は「双連四式20mm高射砲」

20mm高射砲の双連化は、1942年にドーリットル空襲を受けて以降、実現化に乗り出しました。

1944年に「四式気筒双連20mm高射機関砲」が完成し、500門が生産されたと言われます。

1944年1月〜1946年12月

この砲も「九八式20mm高射砲」 からの派生型で、ゲームに登場する砲の性能は「九八式20mm高射砲」と同じです。

もう一つ最近のニュースからです。

2007年、東京国際空港新国際線ターミナルの工事現場から、なんとこの砲が発見されました。

旧日本軍高射砲

米軍の指示で埋められたそうですが、砲身も形をとどめており、かなりいい状態で発掘されています。


25mm Twin AA  /  25mm Triple AA (日本)

九六式25mm高角機銃
九六式二十五粍機銃

この砲は「九六式25mm高角機銃」というもの。

海軍で使用された兵器です。

1936年から生産が始まり、32000挺が作られました。

海軍艦艇の対空兵装であったので、戦艦から空母、駆逐艦まで幅広く搭載されました。

また、陸上基地の防衛用兵器としても使用されています。

ゲームには2連双式と3連双式が登場します。

25mm砲が20mm砲より威力があり、そのうえ3連双ですから、命中すればほぼ一撃で撃墜できます。

2連双式が1937年1月〜1946年12月まで

3連双式が1942年1月〜1946年12月まで


C/C 47L32 M.35 / C/C 47L32 M.39 (イタリア)

Da 47/32

イタリアで生産された47mm砲「Cannone da 47/32」

この砲は、イタリアが1935年にオーストリアのベーラー(Bohler)社からライセンスを獲得したものです。

以前紹介した、フランスが開発した37mm歩兵砲(通称:プトー砲)が元になっています。

M.35(mod.35)とM .39(mod.39)の2種類があります。

画像を見ると、対戦車砲っぽく見えますが、歩兵砲、山砲、対戦車砲、空挺部隊用と何でもありの万能砲です。

イタリア陸軍で採用され、戦車砲にも搭載されましたが、イギリス軍の戦車には歯が立たず、その後は歩兵砲として使われました。

da 47/32

↑の画像を見ると、フランスのプトー砲と同じく低軸射撃ですね。

また軽量であったため、パラシュートによる投下が可能で空挺部隊用としても使用されました。(↑の画像は空挺部隊)

C/C 47L32 M. 35は1935年6月〜1942年11月まで

C/C 47L32 M .39は1939年9月〜1946年12月まで

なお、C/C 47L32 M. 39はHEAT弾を25発装備しています。

また「Para C/C 47L32」として空挺部隊用のユニットも登場します。

こちらは1941年8月〜1946年12月


4.7cm Pak177i (ドイツ)
47mm Inf-Gun (ルーマニア)
47mm M39 AT-Gun (フィンランド)
47mm AT-Gun (ポーランド)
45L32 AT-Gun (ユーゴスラビア・中国)

pak177i

上記で紹介 したイタリアの47mm砲「Cannone da 47/32」は様々な国で使用されました。

ドイツ軍はオーストリア併合後、この武器を「4.7cm Pak177i」と命名し山岳猟兵師団により使われました。

1942年6月〜1946年12月


47mm gun

ルーマニアでは、画像のように装甲板が取り付けられています。

1937年1月〜1946年12月

フィンランドでは1940年5月〜1946年12月

ポーランドでは1941年1月〜1941年12月

ユーゴスラビアでは1942年1月〜1944年12月

47mm gun

↑の画像は中国人民革命軍博物館に展示されている「45L32 AT-Gun」です。

47L32

中国では、「C/C 47L32 M.35」が使用されました。

1937年9月〜1941年11月

47mm AT-Gun (オランダ)
47mm M35 AT-Gun (フィンランド)
47mm L32 AT-Gun (ソ連)

47mm gun

引き続き47mm砲の紹介です。

イタリアが1935年にオーストリアのベーラー社(Bohler)社からライセンスを獲得し、その後、この47mm砲は様々な国で使用されました。

ここで取り上げるのは、ベーラー社製の47mm砲です。

(要するにイタリア製と同じなんですが、ゲームに登場する砲名が[Bohler]となっているので)

オランダは1940年5月にドイツ軍の侵攻に対して防御戦をしました。

そのときの主力となったのが、この47mm砲です。

オランダではドイツ軍のPak35よりも、この47mm砲の方が優れていると判断し、380門が配備されました。

しかしオランダにはこの砲の AP弾が不足しており、侵攻してきたドイツ第9装甲師団の3号戦車、4号戦車の25輌を撃破しましたが、多くの損害を与えることは出来ませんでした。

1937 年1月〜1946年12月まで購入可能

47mm gun

フィンランドではこちらの 「Bohler」社の47mm砲は、「47mm M35」として登場します。

1940年5月〜1946年12月

47mm gun

ソ連では「M1935」または「M35」としてわずかながら使用されました。

(画像は多分、ドイツ軍からの鹵獲品だと思います)

1935年6月〜1942年5月


47mm KPUV vz.38 (チェコスロバキア)
47mm AT-Gun (ユーゴスラビア)
4.7cm Pak36(t) (ドイツ)

47mm vz.38

1936年にチェコのシュコダ社で開発された対戦車砲。

1936年から生産が始まり、1942年まで約1300門が作られました。

しかしドイツ軍のチェコ占領により、そのほとんどはドイツ軍により使用されました。

ドイツ軍は砲の名前を「4.7cm Pak36(t)」としました。

((t)はチェコの頭文字)

ドイツ軍ではタングステンの徹甲弾「PzGr 40」が生産され、この砲にも使用されました。

ドイツでは1941年 1月」〜1943年6月まで、「APCR弾」(高速徹甲弾)を10発装備しています。

またドイツ軍はこの対戦車砲を搭載した自走砲も作っています。

1号対戦車自走砲
PJpz 35(f)

チェコスロバキアでは1938年9月〜1939年3月

ドイツでは1940年6月〜1944年12月

ユーゴスラビアは1937〜1938年にチェコからこの砲を買っています。

1939年1月〜1941年4月


47mm AT-Gun (ルーマニア)

45mm gun

47mm 砲の特集もこれがラスト。

ルーマニアに登場するこの47mm対戦車砲は、フランスのシュナイダー社で作られた砲で す。

シュナイダー社は105mmカノン砲、155mm榴弾砲など有名な砲を開発した会社です。

フランスの47mm対戦車砲といえば、前出のAPX社(ピュトー)の47mm SA37を軍は採用しましたが、シュナイダー社はルーマニアへの販売用にこの砲を1936年に開発しました。

生産は1939年から行われ、160門はフランスから購入、その後はルーマニアでライセンス生産を行いました。

この砲の牽引はルーマニアのルノーからライセンス生産した「Melaxa UE」で行います。

「Melaxa UE」はこちら

東部戦線での第2次ハリコフ攻防戦では、この対戦車砲がソ連軍のT34とKV戦車には全く歯が立たないことが証明されましたが、それでも終戦まで使われ続けました。

1938年1月〜1946年12月


37mm KPUV vz.30 / 37mm KPUV vz.37
(チェコスロバキア)(スロバキア)

KPUV vz.37

チェコスロバキアのシュコダ社で作られた37mm対戦車砲。

シュコダ社によって作られた37mm砲は、もう1つあり、それが「KPUV vz.34」

KPUV vz.30
KPUV vz.34
KPUV vz.37

それぞれ開発され た年代を指しています。

「vz.34」は、軽戦車「LT vz34」「LT vz35」の主砲として搭載され、37mm A3と言います。

「vz.37」 は軽戦車「LT vz.38」の主砲として搭載され、 37mm A7と言われます。

「vz.30」「vz.34」 「va.37」の性能(貫通能力)の差はありませんが、「vz.37」は「SABOT(APCR)弾を使用でき、SABOT弾を使用したときは貫通力が上がります。

KPUV vz.30は

チェコスロバキアで1930年1月 〜1936年12月

KPUV vz.37は

チェコスロバキアで、1937 年1月〜1939年3月

スロバキアでは、1939年4月〜1939年12月

また「SABOT」弾が使用できるタイプは、1946年1月〜1943年12月

これはスロバキアがドイツの同盟国になったため、ドイツ軍からタングステン弾である高速徹甲弾(APCR)を供給したことによります。

またこの砲は、ユーゴスラビアにも売却されましたが、ゲームには登場しません。


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