Steel Panthers World War 2   JAPANESE  HQ

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ANZAC戦車 2

Lee ��/ Grant ��/ Grant ��/ Grant ��
Grant Scorpion
Priest
Sexton
Fiat M11/39
Fiat M13/40
  
Churchill ��   
Churchill ��
Churchill ��
Crocodile
A9 / A10 / A13 Mk.��
Crusader ��
Crusader ��  /  Crusader ��CS

AC1 Sentinel
AC3 Sentinel / AC4 Sentinel
Sherman �� / Sherman ��B / Sherman �� / M4A3 (105)
Sehrman Hybrid 1C / ��C Firefly
Sherman DD

M10 3in /  M10 17pdr

Lee ��/ Grant ��/ Grant ��/ Grant ��


オーストラリア軍のグラント戦車

アメリカのM3中戦車

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オーストラリアはアメリカからレンドリースにより、1943年4月までに777輌を受け取りました。

しかしアメリカから直接オーストラリアに輸送するのは日本軍に見つかるために、イギリス経由で受け取っています。

オーストラリア軍は、M3、M3A2、M3A3、M3A5が255輌、それにグラントが522輌で、様々な種類のM3を受け取っているのが特徴です。

オーストラリア軍のM3は主に本土防衛のために第3軍に配備されましたが、ニューギニアやボルネオでの日本軍との戦いの前に、一線から降格になり、マチルダ�曲睚疾鐚�に代わりました。





グラント1、グラント2、グラント3は、イギリス型砲塔を搭載した車輌ですが、グラント1とグラント2はガソリンエンジン、グラント3はディーゼルエンジンでした。


Grant Scorpion


イギリスのグラント地雷処理戦車

北アフリカでの戦いで、ドイツ軍が埋設した地雷に悩まされたイギリスは戦車を改造した地雷処理戦車を開発しました。

1942年、マチルダ�曲睚疾鐚屬魏�造したマチルダ地雷処理戦車が完成、その後、バレンタイン歩兵戦車や、シャーマン戦車、チャーチル戦車そしてグラント戦車なども改造されました。

グラント戦車はM4シャーマンが戦場に届いてからは、使用されなくなったため、少数が生産され、北アフリカとシチリア島の上陸作戦でも使用されました。


主砲が37mm M5砲であることから、M3かM3 A1の改造車輌



Priest


アメリカのM7自走砲

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オーストラリア軍、ニュージーランド軍でM7自走砲がどれくらい使用されたのかは不明です。

ただしM7を改造したM7カンガルーという兵員輸送車輌は、オーストラリア軍でも使用されたことから、供給はされていたように思います。



Sexton


カナダのセクストン自走砲

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ANZAC軍が使用した詳細は不明ですが、ANZAC軍にもありました。



オーストラリアでは戦後、余剰になったM3中戦車を改造し、セクストンとほぼ同じタイプのイェランバ自走砲を作りました。

これはSPWW2には登場しませんが、SPMBTには1950年から登場します。


イェランバ自走砲(SPMBT)

Fiat M11/39
Fiat M13/40


M11/39

イタリアのM11/39中戦車、M13/40中戦車

M11/39の詳細はこちら

M13/40の詳細はこちら

1940年7月に北アフリカに送られた72輌のM11/39が送られましたが、イギリス軍のマチルダとは互角に戦えず、多くを失いました。

1940年12月から1941年2月に行われたイギリス軍による反攻作戦「コンパス作戦」で、リビアのイタリア軍は敗北、ここで大量の戦車を連合軍に鹵獲されました。

この鹵獲したM11/39、M13/40をオーストラリア軍はトブルク包囲戦で使用しました。

オーストラリア第6騎兵連隊は、車体にカンガルーのマークを描いたことで有名です。


M13/40





Captured Tank(鹵獲戦車)として、1942年6月まで登場します。


Churchill ��


オーストラリア軍のチャーチル4

イギリスのチャーチル歩兵戦車マーク4

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イギリス陸軍省は1944年の半ば、シャーマン戦車と共にチャーチル戦車をオーストラリア陸軍に供給し、日本軍との戦いの戦場である熱帯地方での性能テストをしました。

その結果、ジャングルではM4シャーマンよりもチャーチル歩兵戦車の方が優れていることが証明されました。

そのためオーストラリア軍は510輌をイギリスに発注しましたが、生産が間に合わず45輌(+試作車輌6輌)のみを受け取りました。


ゲームでは1945年2月から登場します。


Churchill �� / Churchill ��



オーストラリアに展示されているマーク7(上)とマーク8(下)

イギリスのチャーチル歩兵戦車マーク7、マーク8

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オーストラリアが購入した45輌(+試作車輌6輌)は、マーク4,マーク5、マーク6、マーク7、マーク8など様々なタイプが混じっていたそうです。

ただし

そして現在もオーストラリアには現存車輌が展示されています。





Crocodile


オーストラリアにあるチャーチルクロコダイル

イギリスのチャーチルクロコダイル火炎放射戦車

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オーストラリアがイギリスから購入した51輌のチャーチルの中にチャーチルクロコダイルも何輌か含まれていました。

対日本軍との戦闘には間に合いませんでしたが、戦後、1956年まで使用されました。

現在も1輌がオーストラリアの博物館に展示されています。



Churchill AVRE


オーストラリアの博物館のチャーチルAVRE

イギリスの装甲工兵車チャーチルAVRE

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オーストラリアは購入した51輌の中にチャーチルAVREがありました。

何輌購入したかは分かりませんが、現在、オーストラリアの博物館に展示されている車輌は、戦後の開発型である165mm粉砕砲を搭載している車輌です。

この粉砕砲は工兵の仕事である防御陣地や障害物の破壊用に作られた砲で、チャーチルAVREとセンチュリオンAVREにのみ搭載されました。


ゲームには戦後型ではなく、イギリスと同じ290mm迫撃砲を搭載した型が登場します。

また車体前面に地雷処理用の装置が装着しているので、地雷除去も可能です。

ただし1946年からの登場です。


A9 / A10 / A13 Mk.��


A9


A10


A13 Mk.��

イギリスの巡航戦車Mk.�機�Mk.�供�Mk.��

詳細はこちらから

オーストラリアに登場するイギリスの巡航戦車Mk.1、Mk.2、Mk.3に関しては実際にオーストラリア軍が使用したという記録はありません。

ただし1940年後半の北アフリカでのイギリス第7機甲師団には、75輌の巡航戦車Mk.1、Mk.2、Mk.3があったとされており、オーストラリア軍の装甲連隊であった第6師団騎兵連隊は、1940年12月にイギリス軍に合流しました。

ここからはわたしの推測ですが、これはあくまでもオーストラリア軍がイギリスから供与されれば使用できたという意味ではないでしょうか。

ちなみにこのときのイギリス軍には、巡航戦車75輌、軽戦車Mk.�困�200輌、マチルダ�兇�45輌だったとされています。





A9とA10の登場年代が1940年12月になっているのは、やはり北アフリカでイギリス軍から供与あるいは、イギリス軍部隊のものという可能性があります。

そしてA13 Mk.2は、1941年10月になっていますが、これはよく分かりませんw

[Hypothet Tank](仮想としての戦車購入)だと思われます。


Crusader ��
Crusader ��  /  Crusader ��CS


オーストラリア軍のクルセーダー2

イギリスの巡航戦車MK.�坤�ルセーダー、あるいはA15

詳細はこちらから

オーストラリア軍は北アフリカで、第9騎兵連隊がクルセーダー巡航戦車を使用しました。

第9騎兵連隊はコマンド連隊で、1941年にエジプトに到着、それまで連隊が持っていた車輌は、ブレンキャリアと軽戦車マーク��Bでしたが、ここでクルセーダー2とM3スチュアート軽戦車を受け取りました。

第9騎兵連隊は、1942年7月、エル・アラメインの戦いで活躍しました。

エルアラメインの戦いの時点で、クルセーダー2が15輌、M3スチュアートが5輌あったと記録されており、受給したときは、クルセーダーがもう少しあったということです。

エルアラメインの戦いの後、連隊(師団)は任務を終えたことで、装備を全てイギリス軍に返還し、1943年1月にはオーストラリアへ帰還しました。

そのため登場年代が1942年11月までになっています。



オーストラリアに現存するクルセーダー1







AC1 Sentinel


オーストラリアのセンチネル巡航戦車

WW2中、オーストラリアで設計された戦車で、唯一、量産された戦車です。

1940年11月に開発が始まりましたが、オーストラリアは戦車の設計が初めてであったため、イギリス、アメリカの技師を招きました。

イギリスのクルセーダー巡航戦車の車体上部と砲塔、それにアメリカのM3中戦車のエンジン、変速機、車体下部などを取り入れたものとして、1942年2月に完成しました。

1942年から1943年までに、65輌が生産されましたが、訓練に使用したのみで実戦配備はされませんでした。

戦後、保管されていた車体は、3輌を除き全て廃棄、あるいは売却され農業用として使用されました。

ゲームでは普通に[Tank]の中で購入できますが、実戦で使用されていないことが注釈として書かれています。


主砲は2ポンド砲

副武装は機銃2挺

スピード16(48km/h)

最大装甲65mm


AC3 Sentinel / AC4 Sentinel


AC3 Sentinel

オーストラリアのAC 3サンダーボルト(巡航戦車3)

AC1センチネル巡航戦車の開発が遅れていたため、AC2の開発が行われましたが、AC2はほどなくして開発が中止なりました。

そしてAC1の後継車輌として、火力、装甲、速度が向上したAC3の開発が行われました。

主砲には25ポンド榴弾砲を装備、性能も大きく向上しました。

しかし試作車輌が1輌作られましたが、生産には至りませんでした。

[Prototype]として登場します。

主砲は25ポンド榴弾砲



AC4

オーストラリアのAC4 Sentinel

AC3の後継車輌として開発されました。

主砲に強力な17ポンド砲を搭載させる設計で開発が行われました。

試作車輌が完成し、17ポンド砲を試射しましたが、この結果が芳しくなく、再設計する必要が出てきました。

しかし1943年に計画が中止され、生産されませんでした。

ゲームにはこれも[Prototype]として登場します。

主砲は17ポンド砲

最大装甲64mm

オーストラリアが国産戦車の生産を中止に踏み切ったのは、国産戦車を作るよりも、イギリスのマチルダ�兇筺▲▲瓮螢�の戦車を購入した方が簡単であったというのが大きな要因です。


Sherman �� / Sherman ��B / Sherman �� / M4A3 (105)
Sehrman Hybrid 1C / ��C Firefly / DD
(ニュージーランド軍)


ニュージーランド軍のシャーマン

アメリカのシャーマン戦車

オーストラリア軍は1942年に3輌のシャーマン戦車をテストするために受け取りました。

しかしテストの結果、オーストラリアはシャーマンよりもイギリスのチャーチル歩兵戦車を選びました。

これはオーストラリア軍の主戦場であったジャングルでは、シャーマンよりもチャーチルの方が優れていたということです。

そのためオーストラリア軍にはシャーマンは登場しませんが、ニュージーランド軍には登場します。

ニュージーランド軍の戦車について

ニュージーランド軍は、第4ニュージーランド機甲旅団が1942年に初めてシャーマンをイギリスから受け取りました。

第4機甲旅団は、ギリシャ、クレタ島、そして北アフリカのエルアラメインの戦いに参加しています。

そして1943年10月から約1年半、イタリアでイタリア戦役を戦いました。

ニュージーランドは約150輌のシャーマンをイギリスから受け取りました。

1944年から1945年にかけて17ポンド砲を搭載したシャーマンファイヤフライも48輌受け取りました。


ニュージーランド軍のシャーマン















M10 3in /  M10 17pdr


ニュージーランド軍のM10

アメリカのM10駆逐戦車

詳細はこちら

ニュージーランド軍は第7対戦車連隊が1944年5月にM10

を配備されました。

第7対戦車連隊は、イタリア戦線での戦いで、突撃砲戦車および間接射撃の役割で使用し、敵戦車との交戦は2回のみでした。

ここで4号戦車を撃破したのが、唯一の戦果となっています。

またイギリスから17ポンド砲のM10アキリーズを1輌のみ受け取っています。