Steel Panthers World War 2   JAPANESE  HQ

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ドイツ軍の装甲車 1

Ehrhardt M.17 / EV/4 (ポーランド)(ルーマニア)
gpKw Kraftwagen
Steyr ADGZ
Adler Kfz 13
Kfz 14 (Fu)

Kfz 15
Kfz 70 Horch

Kfz 69 Protze
Kfz 70 Protze
  (ブルガリア)
Opel Blitz
SdKfz3 Maultier    (ブルガリア)
Panzerwerfer 42
Vielfachwerfer
Buessing-NAG
SdKfz 6/2 FlaK
SdKfz 6/3 (NA)

SdKfz 7    (イタリア)(ブルガリア)
SdKfz 7/1 FlaK
SdKfz 7/2 FlaK

SdKfz 8
SdKfz 8 FlaK 18

SdKfz 9 FlaK 18
SdKfz 10    (ブルガリア)
SdKfz 10/5 PaK5
SdKfz 11    (ブルガリア)

gpKw Kraftwagen

ドイツの六輪装甲車

正式にはGepanzerter Kraftwagen です。

SdKfz.3とも言います。

WW1の終結後の1919年、連合国とドイツとの間で「ヴェルサイユ平和条約」が締結されました。

その条約の中に軍備条項があり、ドイツは兵器・兵員などの軍備に対する厳しい制限が与えられ、戦車や装甲車を持つこと(輸入も含めて)が禁止されました。

そのためドイツでは1933年のヴェルサイユ平和条約が終了するまでは戦車はおろか、装甲車すら持てなかったのです。

しかし抜け穴もあり、兵員を輸送するためであれば装甲車を持つことは許されていました。

ダイムラー社が設計したSdKfz3は1927年までに約40輌(正確な数は不明)が作られたそうです。

輸送・偵察任務などを目的とし、車体上部にはMG08機関銃を搭載できました。



車輌は1936年まで使用されましたが、1945年のベルリンの戦いでなんと1輌撃破されているそうです。

ゲームでも1936年まで購入可能ですが、ドイツでは1932年までこの車輌しか購入できる車輌はありません。

ちなみにSdKfz3にはマウルティアという車輌があり、こちらは1942年に作られたハーフトラック。

SdKfz は 「Sonderkraftfahrzeug」の略で「特殊車輌番号」という意味。


Steyr ADGZ



オーストリアのシュタイアーADGZ M35重装甲車

オーストリアのシュタイアー社により、1935年に作られました。

1935年から1941年までに、52輌が生産されました。

当初はオーストリア軍に納入されましたが、1938年3月のアンシュルス(ドイツによるオーストリア併合)により、ドイツ軍でも使用されました。

ドイツ軍では警察部隊、SS部隊が使用し、バルカン半島の対パルチザン用に25輌が作られています。





主武器は20mm KwK35機関砲

スピード28(70km/h)

最大装甲11mm

購入は、MISCの中の[Colonial Armored Car]の中でのみ可能

またオーストリアで開発はされましたが、生産はされなかったADGZ装甲車がありました。


ADGZ装甲車

Adler Kfz 13
  Kfz 14 (Fu)


Kfz 13


Kfz 14

ドイツのKfz 13

WW1後、ドイツ軍が導入した初めての装甲偵察車。

ダイムラーベンツ社で、1932年から1935年にかけて、147輌が製造されました。

Kfz 14は、無線器を搭載した通信車輌で、こちらは40輌が生産されました。

↑の画像のように、車体上部にフレームアンテナがあるのがKfz 14で、遠距離通信が可能でした。

1930年代初めの無線機は非常に貴重な機器であり、無線機と発電機を備えていました。

Kfz 14(Fu)のFuは、Fu 9無線機のことです。

共にポーランド戦で使用されましたが、装甲の薄さにより、23輌を損失しました。

武器はMG13機関銃

武器は乗員の携帯用ピストルのみ

最大装甲8mm


Kfz 15
Kfz 70 Horch


Kfz 15

ドイツの統制型乗用車

難しそうな言葉ですが、ドイツ国防軍の軍用自動車のことです。

1936年に軽統制型乗用車

1937年に中統制型乗用車

1938年に重統制型乗用車

がそれぞれ納品されました。


軽統制型乗用車


中統制型乗用車


ロンメル将軍が乗る中統制型乗用車


重統制型乗用車(Kfz 70)

ゲームに登場する車輌は、Kfz 15とKfz 70

Kfz 15は、中統制型乗用車で、通信部隊向けの車輌として主にホルヒ社が製造しました。

あまり評判はよくなかったと言われてます。

Kfz 70は、重統制型乗用車で、大型兵員輸送車輌として、主にホルヒ社が製造しました。





Kfz 69 Protze
Kfz 70 Protze


Kfz 69 Protze


Kfz 70 Protze

ドイツのクルップ・プロッツェ軍用車両

クルップ社が開発した輸送車輌及び牽引車輌。

1933年から1941年にかけて、約7000輌が生産されました。

形式分類は、

Kfz.19 電話通信車
Kfz.21 士官用
Kfz.68 無線通信車
Kfz.69 3.7cm対戦車砲牽引車
Kfz.70 兵員輸送車
Kfz.81 2cm対空機関砲牽引車
Kfz.83 対空用サーチライト牽引車

車体を改造し、3.7cm対戦車砲や、対空砲を荷台に搭載させた車輌もありました。




ゲームに登場する車輌は、Kfz 69とKfz 70





Opel Blitz


ドイツのオペルブリッツ軍用トラック

オペル社は、1862年に設されたドイツの自動車メーカー。

1929年にアメリカのGM社の100%子会社になりましたが、ナチス政権下では、軍用トラック「ブリッツ」を製造しました。

(戦後に経営権は再びGM社が回復しています)

オペルブリッツは、3トン型の中型トラックで、10万輌が製造され、ドイツを代表する軍用トラックでした。



SdKfz3 Maultier


ドイツのSdKfz.3 マウルティア

ドイツ軍は東部戦線で、泥濘により車輌が走行できなくなり、作戦に大きな支障をきたしました。

この泥濘をハーフトラックの車輌だけは、まだ移動が可能であったため、ドイツではトラックを改造し、ハーフトラックにしました。

オペル社、ドイツフォード社、マギルス社のトラックが選ばれ、後輪部分に1号戦車の履帯を装着させ、SdKfz3 マウルティアとして使用しました。

1942年から生産が始まり、全体では約2万1000輌、オペル社のオペルブリッツからは4000輌が作られました。

またメルセデス・ベンツをベースにした大型タイプのSdKfz.4も作られました。



Panzerwerfer 42


ドイツのパンツァーヴェルファー

SdKfz 4/1

ドイツ軍はロケット砲であるネーヴェルファイアーを前線で使用しましたが、噴煙が大きく、すぐに発射位置が敵にバレてしまい、標的になりやすかったため、1943年、上記のマウルティアを装甲化し、荷台に15cmネーヴェルファイアーを搭載させたパンツァーヴェルファーを開発しました。

ロケット砲は、5本ずつが2段の10連装で、弾薬運搬車輛も作られました。

1943年4月から1944年3月までに、300輌が生産されました。

東部戦線、西部戦線、バルジの戦い、ベルリンの戦いなど、様々な戦場で使用されましたが、イギリス軍やアメリカ軍はノルマンディー上陸当時、この兵器に関しての備えができておらず、多くの戦果を挙げています。




ロケット砲弾は20発

効果は大きいですが、着弾にバラつきがあります。


Vielfachwerfer


ドイツの多連装ロケット砲自走砲

ドイツ軍はフランス侵攻で、フランスのソミュアMCLハーフトラックを鹵獲しました。

ドイツ第21装甲師団は、北アフリカで壊滅し、1943年にフランスで再編中、技術将校であったアルフレッド・ベッカーは、フランス国内にあったフランス製の車輌を改造、改修し新たな兵器を作り出しました。

その一つが、↑の画像の車輌で、ソ連から鹵獲した8cmカチューシャロケットをドイツで製造し、多連装発射可能な48基のランチャーを装備した車輌です。

この車輌は、武装SSにより使用されました。




Buessing-NAG


Buessing NAG G31


Buessing NAG T500

ドイツのビューシング-NAG社の軍用トラック

ビューシング社は、1903年に設立されたドイツの自動車メーカー。

ディーゼルエンジンを搭載した大型トラック、バスなどを製造しました。

1930年に経営不振に陥っていたNAG社を買収し、ドイツ陸軍兵器局に強力することで、軍用車両を生産することになりました。

大型装甲偵察車SdKfz.231、SdKfz.232、SdKfz.233、SdKfz.263

またSdKfz.10も生産されました。

画像のG31は、1931年〜1935年に、約2300輌が生産されました。

T500は、1940年から1945年に生産されました。

ビューシング NAGトラックは、いくつか種類がありますが、ゲームでは車種は特定できません。


搭乗人員が32人は多すぎる気がしますが、ゲームでは大型トラックはどの国でも32人としています。



SdKfz 6/2 FlaK
SdKfz 6/3 (NA)


SdKfz 6/2


SdKfz 6/3

ドイツのSdKfz 6を改造した自走対空砲、対戦車自走砲

SdKfz 6は、ドイツのビューシング NAG社で作られた5トンハーフトラック。

主に10.5cmleFH榴弾砲の牽引車輌として使用されました。

約3500輌が生産されました。


SdKfz 6/1

SdKfz 6/1は標準の牽引車輌

SdKfz 6/2は、3.7cm FlaK36を搭載した車輌で、1939年から1941年までに203輌が生産されました。


SdKfz 6/2


SdKfz 6/3は、ソ連製の76.2mm F-22を搭載した車輌。

ドイツ軍は東部戦線でソ連から鹵獲した7.62cm F-22 obr.36野砲が大量にありました。

この野砲を、車体後部に搭載させ、側面を10mmの装甲板で覆い、対戦車自走砲としました。

9輌のみが作られ、完成後にすぐに北アフリカに輸送され、第605戦車猟兵大隊に配備されました。

1942年に使用されましたが、詳細は不明です。

ゲームでは、SdKfz 6/3 (NA)となっていますが、この(NA)は、北アフリカ(North Africa)の略です。


SdKfz 6/3



SdKfz 7
SdKfz 7/1 FlaK
SdKfz 7/2 FlaK


SdKfz 7

ドイツSdKfz 7中型ハーフトラック

ドイツのクラウス・マッファイ社が1934年に開発した8トンハーフトラック

1938年から1944年までに、12187輌が作られました。

15cmFH18榴弾砲、10cm sK18、8.8cm FlaKなどの牽引を目的にしましたが、兵員の輸送用にも使用されました。

イタリアでは、Breda 61として、ライセンス生産が行われました。




SdKfz 7/1

2cm Flakvierling 38を搭載した対空自走砲

4連装の2cm対空砲を搭載させた車輌。

1939年から1944年までに、750〜800輌が生産されました。





SdKfz 7/2

3.7cm FlaK 36を搭載した対空自走砲

前出のSdKfz 6/2の生産中止により、その代わりに生産されました。

3.7cm対空砲は、他にもFlaK36、FlaK37、FlaK43も搭載されました。

1942年から1945年までに、約1000輌が生産されています。



SdKfz 8
SdKfz 8 FlaK 18


SdKfz 8

ドイツのSdKfz 8ハーフトラック

1931年、ダイムラー・ベンツ社が開発した、12トンハーフトラック

主に、15cmK16、17cm K18、21cm Mrs18などの重榴弾砲、10.5cm FlaK38の牽引に使用されました。

生産は複数の会社で行われ、1937年から1944年までに、約4000輌が作られました。





SdKfz 8  FlaK 18

SdKfz 8の後部に8.8cm Flak 18を搭載させた自走砲

1939年にわずか10輌がフランスのマジノ線の掩蔽壕の破壊を目的として作られました。

この10輌は、第8重戦車駆逐大隊に全て配備され、ポーランド戦、フランス戦、東部戦線で使用され、1943年3月に最後の1輌が失われました。



SdKfz 9 FlaK 18


SdKfz 9 FlaK 18

ドイツのSdkfz 9ハーフトラックに8.8cm FlaKを搭載させた自走砲


ティーガーを牽引する2輌のSdKfz 9


パンテルを牽引する2輌のSdKfz 9

SdKfz 9はドイツのファモ社(FAMO)で、1936年に開発された18トンハーフトラック。

ドイツで開発されたハーフトラックの中では、最も重い車輌で、最大28トンの牽引能力がありました。

通常は24cmカノン砲を牽引しましたが、戦車回収車としても使用されました。

4号戦車は牽引可能でしたが、ティーガーやパンテルは1輌では無理で、2輌、3輌で牽引しました。

1938年から1944年までに、約2500輌が生産されました。

SdKfz 9/1、9/2はクレーンを装備した戦車回収、修理車輌。


ティーガーを修理するSdKfz 9/2


ゲームに登場するのは、8.8cm FlaKが搭載された車輌で、1942年にわずか14輌(12輌とも)のみが作られ、イタリア戦線で使用されました。


(英語のWikiには1940年に作られたとありますが、1942〜1943年が正しいです)


SdKfz 10
SdKfz 10/5 PaK
SdKfz 10/5 PaK5


SdKfz 10

ドイツのSdKfz 10 ハーフトラック

ドイツが開発したハーフトラックの中では、最も小型で、1トンハーフトラック。

ドイツのデマーク社で開発が行われ、1938年から1944年までに、約14000輌が作られました。

主に37mm PaK36、20mm FlaK 30、75mm歩兵砲などの牽引と兵員輸送に用いられました。

また様々な派生車輌も開発されました。

SdKfz 10/1 ガス探知社車
SdKfz 10/2 ガス中和剤散布車
SdKfz 10/3 噴霧器搭載ガス中和剤散布車

(これらのは車輌は、少数生産に終わっています)

そして対空砲、対戦車砲を搭載した車輌も作られました。

SdKfz 10/4 2cm FlaK 30
SdKfz 10/5 2cm FlaK 38


SdKfz 10/5

またSdKfz 10/4と10/5は改造により、3.7cm PaK36や、5cm PaK38を搭載した車輌となりました。


3.7cm PaK搭載のSdKfz 10/5


5cm PaK搭載のSdKfz 10/5





SdKfz 11


SdKfz 11

ドイツのSdKfz 11 3トンハーフトラック

ドイツのボルクヴァルト社により、1934年に開発が始まり、1938年にハノマーグ社に引き継がれ完成しました。

1938年から1945年までに約9000輌が生産されました。

多くの戦場で使用され、後のSdKfz 251の基礎となりました。

SdKfz 11/1、11/4、11/5はネーヴェルファイアーの弾薬輸送車として使用されました。


SdKfz 11/5