Steel Panthers World War 2   JAPANESE  HQ

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スペインの装甲車

FA-I
BA-3
BA-6

AAC-1937a
AAC-1937b

UNL-35
Camion GAZ ZIS
Blibao M32
Bilbao Flama
MC-36
MC-36/T26
Lancia 1Z / 1ZM
Protegido
Tiznao
Durruti
El Piojo
Camion Blindado
Hispano J12
Valencia
SPA 35 Dovunque
CTV Fiat OGI
Trubia 37c

FA-I
BA-3
BA-6


スペイン共和国軍のBA-6

ソ連のFA-I、BA-3、BA-6装甲車

詳細はこちらから

FA-Iは、1936年10月に10輌、11月に10輌がスペインに到着しました。

BA-3は、1936年10月に3輌がスペインに到着しました。

BA-6は、1936年10月に17輌、11月に20輌が到着しました。

これらの車輌は、スペイン内戦以降もスペイン軍により使用されました。


スペイン共和国軍のBA-6


スペイン共和国軍のFA-I





CBはCamion Blindadoの略で、スペイン語で装甲車の意味

共和国消滅後は、スペインで戦後まで登場します。


AAC-1937a
AAC-1937b


AAC-1937

スペインのAAC-1937装甲車

(装甲車BC、あるいはシボレー37とも言われます)

1936年にスペイン内戦が勃発、1937年には共和国軍は地上戦闘で不利な状況に陥りました。

イギリス・フランス・アメリカは中立の立場に立ったため、共和国軍は唯一、ソ連からの武器購入しか選択肢がなく、ソ連から多くの武器を購入しました。

スペインはソ連から航空機242機、戦車731輌、装甲車300輌、機関銃1万5000挺など受け取りました。

しかし1937年になると、スペインの全ての港がドイツ・イタリア海軍により封鎖されたため、ソ連からの援助が受けられなくなりました。

そこで共和国軍は、自国で装甲車の生産を始めます。

ソ連の技術者の監督の元、ソ連製のBA-6装甲車をコピーし、車体にシボレートラックを使用したACC-1937が作られました。

1937年4月に生産が始まり、1938年2月には装甲板が不足しましたが、1939年2月まで70〜90輌ほどが生産されました。

(140輌という説もあります)

武装が機銃のみ、フランス製37mmピュトー砲搭載、ソ連製45mm砲搭載と様々な3種類の車輌が作られています。


3種類のAAC-1937

スペイン内戦では、30輌が反乱軍に鹵獲されました。

スペイン内戦後は、ドイツ軍とフランス軍の手に渡ったため、フランス侵攻や、独ソ戦でも使用されました。




MG34を2挺装備した対空用装甲車

ドイツ軍はAAC-37(f)として使用しています。

また3輌が、スペインの青師団によりレニングラードで使用されましたが、すぐに失っています。

ゲームには機銃タイプと45mm砲タイプが登場します。







Modelo 39は、共和国軍ではなく、反乱軍に登場するACC-37

30輌を鹵獲し、その他にも多数、使用しました。

砲がチェコスロバキアのシュコダ製47mm砲に換装されています。


UNL-35


スペインのUNL-35装甲車

Blindado tipo ZISBlindado tipo 3HCとも呼ばれていて、むしろこっちの方が正しいとも。

スペイン共和国軍により作られました。

ソ連製のBA装甲車が、スペイン内戦のマドリードの戦いで威力を発揮したことで、共和国軍はBA装甲車を国産化して生産することしました。

バレンシアのレバント海軍連合工場(UNL)で、ソ連の専門家の元、BA-20を元に開発が行なわれ、ソ連製のZIS-5トラックをベースにし、1937年から生産に入りました。

生産は1939年3月まで続き、約140〜200輌が作られました。

スペイン内戦では多くの戦場で、AAC-1937と共に使用されました。

反乱軍(フランコ側)に32輌が鹵獲され、スペイン内戦後も多くの車輌はそのままスペイン軍により使用されました。


反乱軍に鹵獲された車輌




Camion GAZ ZIS


ZIS-5

ソ連のZIS-5軍用トラック

ソ連で1934年に作られ、ソ連製の自動車としては初めて海外に輸出されました。

多くの国で需要があり、スペインも共和国軍が購入し、輸送用、砲牽引用、救急車用に使用しました。

またUNL-35装甲車の車体としても使用されました。



Camionは、スペイン語でトラックの意味


Blibao M32



スペインのビルバオM1932装甲車

1932年にスペイン共和国の機動隊であるGuardias de Asalto(突撃親衛隊)により開発が行われました。

砲塔に7mmホチキス機関銃を装備し、1932年から約50輌が作られました。

1936年のスペイン内戦当初、戦闘に使用されましたが、その結果、市街戦には向いていましたが、それ以外の地形では走行性に問題があることが分かり、戦闘では使用されなくなりました。

共和国軍に登場し、その後、多数が鹵獲され、反乱軍にも登場します。






Bilbao Flama


火炎放射装甲車

スペインの火炎放射器を装備したビルバオ装甲車

この車輌に関しては、正式には不明でしたが、当時のコンドル軍団(ドイツから派兵された遠征軍)の私兵により、撮影された写真が手掛かりとなり、実像が分かりました。

コンドル軍団の修理工場で作られ、鹵獲した車輌のうち、損傷していた車輌に、火炎放射器を取り付け、副操縦士のハッチから長い砲身を出し放射できるようになっています。

この火炎放射器は、スペインでコンドル軍団が1号戦車を改造した1号火炎放射戦車のものと同じです。

4輌が作られたと言われます。



MC-36


スペインのイスパノスイザMC-36装甲車

スペインのイスパノ・スイザ社で開発された車輌。

イスパノ・スイザ社は1904年に設立された自動車、航空エンジン、兵器などを開発していました。

イスパノ・スイザHS.404機関砲は、ベストセラーになり、連合軍の航空機に搭載されました。

MC-36は詳細なことは分かっていませんが、警察(治安部隊)用におそらく5〜15輌が作られたと言われてます。

(当時のスペインは治安が非常に悪く、ストライキで多くの死傷者を出しています)

車輌の詳細は不明で、写真はいくつか残っており、写真が手掛かりになっています。



MC-36/T26


スペインの45mm砲搭載のMC-36装甲車

(またはT-69装甲車とも言われます)

写真により現存していたことは分かっていますが、それ以外は何も分かっていない車輌です。

MC-36の車体にソ連のT-26軽戦車の砲塔を搭載させています。

↑の写真と違う写真があり、2輌が作られた?と推測されています。


主砲は45mm砲


Lancia 1Z / 1ZM


スペイン内戦で使用されたLancia 1ZM

イタリアのランチア1Z装甲車

詳細はこちら

イタリアで1916年に作られたランチア1Z、1ZM装甲車は、スペイン内戦に参加したイタリア義勇遠征軍(CTV)により使用されました。

1930年代には既に時代遅れとなっていましたが、16輌がスペインに送られました。




CTV表示のない車輌も登場しますが、これはイタリア義勇遠征軍が使用した後、スペインに残していったため、スペイン軍は使用しました。


CB Protegido


スペインのプロテギドス1921装甲車

1921年にスペインで作られた装甲車。

1921年、北アフリカのスペイン領モロッコでリーフ共和国が独立を樹立しました。

このときスペイン軍は数的にも軍事的にも劣る部隊に敗北をしました。

(後に第3次リーフ戦争が起こり、リーフ共和国は崩壊します)

スペイン軍事局は、すぐに装甲車の開発を進めました。

何輌かの試作車輌が作られ、またいくつかの異なった車を車体にした車輌が、31輌作られました。

↑の写真は、ナッシュクワッドという軍用車で、7mmホッチキス機関銃を搭載しています。


↑はベンツを車体にしたもの。

全体的に車体を装甲板で覆っただけという感じです。

完成した車輌は、全てモロッコに送られました。

モロッコが平定した後、1936年にマドリッドのクーデターを阻止するために使用されたと言われています。



CB Tiznao

スペインの即席(自家製)装甲車(Improvised APC)

(Improvised は即席、即興の意味)

1936年から1939年の間に、共和政スペインの民間の工房で、様々な種類の装甲車が作られました。

それらを総称して「Tiznao」と呼んでいます。









何の車体を使用したのかは不明です。

写真には様々な斬新で芸術的な装甲車が映っており、2000年以降、これらの装甲車の認識が見直されてきています。

ゲームでは3種類の装甲車が登場します。







Tiznao装甲車は、全て1936年8月〜1938年6月までの登場となっています。

装甲値はすべて1ですが、武器やスピードに個体差があります。

Mexicanskiというライフル銃についてですが、メキシコは1936年にスペインに援助をしており、約2万挺のライフル銃を送っています。

その中に、メキシカンスキーという名目のモシンナガンがあり、これは米国製のM91でした。

一体どういう経路で、メキシコにたどり着いたのかは伝説になっていますが、アメリカで製造され、その後、ロシア皇帝に送られ、ロシアでコピーされ、それがメキシコに売られ、スペインに寄贈されたらしいです。


メキシカンスキー銃

CB Durruti


スペインの即席(自家製)装甲車

これも即席装甲車です。

なので総称としてはTiznaoの即席装甲車ですが、こちらは少しだけ違います。

Durruti装甲車とあるように、Durrutiの部隊の装甲車です。

Durrutiというのは、スペインでアナキストの英雄ホセ・ブエナヴェントゥラ・ドゥルティという人物のことです。


スペイン内戦では、アナキストとサンディカリスト(CNT-FAI)が左派の様々な潮流と同盟を組みことにより、大きな役割を果たすことにつながりました。

スペイン内戦が始まったとき、ドゥルティ装甲部隊が所有していた数輌の装甲トラックがありました。

これがDurrytiの装甲車です。




1936年から1937年にかけて、9輌が作られジローナ装甲車とも呼ばれます。

1936年8月29日のバルセロナでの公式式典で披露されたため、多くの写真に映っており、9輌は全て異なり、どの写真を見ても同じ車輌がないのには驚きます。

また車体にCNT、FAIと文字が書かれていますが、CNTはトラバホ国立連盟、FAIはイベリア・アナーキスト連盟で、アナルコ・サンディカリスト労働組合連合のことです。





El Piojo


スペインの装甲車

El Piojoは、日本語でシラミですが、これはこの車輌につけられたニックネームです。

上記のDurrutiの装甲車の中に、1輌だけ指揮車輌がありました。

それがEl Piojoと呼ばれた車輌で、この車輌だけ大型車輌だったということです。

ただ↑の写真の車輌がEl Piojoなのかは、確信がありませんが多分そうだと思います。

↑の車輌は、ジローナ装甲車の9輌の中の、ジローナ3と呼ばれた車輌です。



Camion Blindado


スペインの装甲車

こちらは反乱軍側の装甲車です。

どれくらいあったのか、詳細は不明ですが、写真を見る限り、数輌のような気がします。

迫撃砲を搭載していた車輌もあり、ゲームでも登場します。




武器はドイツ製の迫撃砲と機関銃


81mm mle 27/31迫撃砲はフランス製






Hispano J12


ヒスパノ J12 1934 リムジン

スペインおよびフランスのイスパノ・スイザ社の乗用車

イスパノ・スイザ社はスペインで創設された会社ですが、フランスでも高級自動車を設計し、生産しました。

スペインではトラック、フランスでは高級自動車、航空エンジン、航空機関砲を製造し、スペイン内戦後はスペインを代表する自動車メーカーとなりました。

ゲームには高級自動車のリムジン J12が登場します。

J12は1931年から1938年まで生産されました。



Valencia


スペインのオテイザ装甲車

共和政スペインの機動隊である突撃親衛隊(Guardias de Asalto)ビルバオ1932装甲車を開発したのに対し、もう一つの国会憲兵組織であるGuardia Civil(治安警備隊)が開発した装甲車。

ゲームではValenciaとネーミングされていますが、Blindado Oteyza(オテイザ装甲車)と画像の車体には書かれているように、オテイザ装甲車と言われます。

ゼネラルモーターズ社の車輌を車体にし、わずか1輌のみが作られたのではないかと言われますが、どうなったのかは不明です。



SPA 35 Dovunque


イタリアのSPA35軍用トラック

イタリアのSPA社で開発されたトラック。

Dovunqueはイタリア語で、「どこでも」の意味で、どこでも走れることを表しています。

1935年に開発され、イタリア陸軍、空軍で使用されました。

スペイン内戦でもイタリア義勇遠征軍(CTV)や、スペイン軍に使用されました。



CTV Fiat OGI


イタリアのフィアットOCI 708 CM装軌式砲牽引車

農業トラクターをベースにし、1935年に山岳トラクターとして開発されました。

スペイン内戦では54輌が使用されました。

ゲームではイタリア義勇遠征軍(CTV)用として登場します。



Trubia 37c


スペインの試作車輌

この車輌に関しては、ゲームではTrubia 37cとなっていますが、実際は名称はなく、砲牽引・兵員輸送車輌として、試作車輌が作られたとありますが、それ以外の情報はありません。

国民党軍(反乱軍)により、作られたそうです。