Steel Panthers World War 2 JAPANESE HQ
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M29C Weasel
PB m/25 / PB m/26
PB m/31 HMG
PB m/31 37mm
PB m/31 20mm
PB m/39-40
PB m/41 (フィンランド)(オランダ)(ドイツ)
Tgb m/42 KP
アメリカのM29C Weasel
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戦後、アメリカは余剰になったM29をスウェーデン、ノルウェーに売却しました。
スウェーデンで作られた最初の装甲車PB m/25
1920年代は軍縮と装甲化という課題がどの国もありました。
スウェーデンはそれに加え、雪という環境も克服しなければいけませんでした。
スウェーデンの最初の装甲車は、それまで郵便配達に使用していたティダホルム社の車輌を使用し作られました。
1925年に3輌が完成し、1935年まで使用されました。
武器は6.5mm m/00 (1900)
これはホッチキス機関銃Mle1900のスウェーデンの仕様で、6.5mm×55mm弾です。
装甲値1
スピード14
PB m/25が成功だったため、1926年にスウェーデンはルノーFT-17の37mm砲を搭載させた車輌を作りました。
これは試験的に1輌のみが作られています。
写真は貴重な1枚です。
主砲が37mmピュトー砲
スウェーデンのPB m/31装甲車
PB m/25、m/26の開発後、スウェーデンではさらなる装甲車の開発が進みました。
ランズベルク社は1929年に、PB fm/29、PB fm/30を開発しましたが、これらは生産には至りませんでした。
1931年、ボフォース社によりPB m/31が開発され、これが約30〜40輌作られました。
車体はシボレー、あるいはボルボのトラックで、そこに装甲板を搭載した車輌で、スウェーデンでは偵察用として、1958年ごろまで使用されました。
通常は、8mm m/36機関銃を2挺装備したタイプですが、一部は車体に37mm砲を搭載させた自走砲型の車輌もありました。
また1942年に、20mm機関砲を搭載させた車輌も作られました。
Ksp m/39機関銃は、アメリカのM1917重機関銃を車載用に改造した機関銃。
37mm砲は、古い艦船の37mm砲を改造した砲で、m/98B砲。
20mm砲は、ゲームではエリコン社の20mm砲ですが、実際はスウェーデンのボフォース社の20mm機関砲m/40です。
スウェーデンのPB m/39-40装甲車リンクス
スウェーデンのAB ランズベルク社が開発した4輪の装甲車。
ランズベルク社が生産したのは、PB m/39、ボルボ社で生産したのが、PB m/40となっています。
デンマークがランズベルク社に発注し、開発が行われた車輌で、18輌の発注があり、大戦勃発までに3輌がデンマークに納入されましたが、その後、ドイツ軍のデンマーク侵攻があったため、残りの15輌はスウェーデン軍が使用しました。
デンマークに納入した車輌は主砲がマドセンでしたが、スウェーデンはボフォース社の20mm砲を搭載した砲塔に替わりました。
スウェーデン陸軍はさらに30輌を発注しましたが、ランズベルク社は生産能力がなかったため、ボルボ社が履行、改良を加え、PB m/40となり、30輌が生産されました。
デンマークに納入された3輌は、ドイツ軍により鹵獲され使用されました。
副武装は機銃3挺
スピード20(80km/h)
最大装甲13mm
スウェーデンのPB m/41装甲車
スウェーデンでは、PB m/41として使用されましたが、この車輌は本来、スウェーデンのAB ランズベルク社が輸出用に開発した車輌で、Landzverk L-180、L-181、L-182と呼ばれました。
デンマーク2輌、エストニア1輌、アイルランド8輌、フィンランド1輌、オランダ26輌、リトアニア6輌と戦前に販売されました。
高速、頑丈、信頼性の高さで高く評価された車輌です。
ドイツ軍はデンマークとオランダから鹵獲した車輌を使用しました。
ソ連もエストニアとリトアニアから鹵獲した車輌を使用したと言われています。
スウェーデンでは、アイルランドが発注し納品されなかったL-180の5輌をPB m/41として使用しました。
このスウェーデン仕様の車輌は、砲塔がPB m/39と同じもので、20mm砲を搭載しました。
主砲は20mm m/40機関砲
副武装に機銃2挺
スピード20(80km/h)
最大装甲15mm
スウェーデンのTGB m/42 KP兵員輸送車輌
KPは、Karosseri Panser 車体装甲の意味。
ドイツ軍のSdKfz.251とよく似ています。
AB ランズベルク社で開発され、1944年から生産が始まり、その後、改良型は、2004年まで現役でした。
当初は固定武器はありませんでしたが、機関銃を取り付けることができました。
生産は1944年ですが、それ以前に、既に数十輌の車輌はあったように思われます。