Steel Panthers World War 2   JAPANESE  HQ

オランダの装甲車

Alvis Strausler  (KNIL)
Panserwagen M36
Panserwagen M38 / Com

M39 Pantrado
Overvalwagen�� (KNIL)
Overvalwagen �� (KNIL)
   (日本)
Otter �� (戦後)
M-H �� (KNILL)

M3A2 Halftrack
LVT-4 Amtrac


Alvis Strausler (KNIL)


AC3


1939年、東京で展示されたAC3D

イギリスのアルビス・ストラウスラー装甲車

ニコラス・ストラウスラーが開発した装甲車。

ニコラス・ストラウスラーは、オーストリア=ハンガリー帝国で生まれ、その後、イギリス国籍を取り、イギリスのアルヴィス社で働きました。

ストラウスラーは様々な開発をし特許を取りましたが、一番有名なものは、戦車を水上で浮かせて走らせるDD(Duplex Drive)です。


シャーマンDD

ストラウスラーは、1931年にAC1を開発、その後、改良型のAC2、AC3、1937年にAC3Dとなりました。

AC3Dは、1938年から27輌が生産されました。

イギリス空軍が12輌、オランダ領東インドが12輌、ポルトガルが2輌、そして日本が1輌。

日本の1輌は、↑のが画像にあり、1939年1月に戦車展示会にて展示されたそうですが、その後、どうなったのかは不明です。

オランダ領東インド軍が購入した12輌は、1938年に到着、1942年の日本軍との戦闘に参加するも、日本軍に6輌が鹵獲されましたが、日本軍に使用されたのかどうかは不明です。

主武器は機銃のみ

最大装甲約6mm



Panserwagen M36
Panserwagen M38 / Com


M36

スウェーデンのM36装甲車、M38装甲車

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オランダはスウェーデンのランズベルク社から、1934年に12輌のランズベルクL-181を購入し、M36としました。

その後、1937年に、ランズベルクL-180を12輌、そしてL-180の指揮車を2輌購入し、M38としました。

オランダ軍の装甲部隊は、1936年と1938年に一つずつ設立され、この車輌が初めての車輌となりました。

M36、M38の主な任務は、偵察と歩兵支援でした。

1940年5月のドイツの侵攻では、1輌も撃破されず、逆にドイツ軍の空挺降下に対し大きな戦果をあげました。

オランダ軍降伏後、ドイツ軍は残った車輌を全て鹵獲し、Panzerspahwagen L202と名付け使用しました。

主砲はボフォース37mm砲

副武装は7.5mmルイス機関銃3挺

オランダ軍はルイス機関銃をミトライユル(Mitrailleur)M.20として使用していました。

最大装甲15mm


オランダに現存するM38

M38 指揮車輌(たぶん)


M38 Command Carは、砲塔の主砲はダミーでした。

たった2輌しかなく、装甲中隊で1輌ずつ配備されました。



M39 Pantrado


M39

オランダのM39パンツァーワーゲン

1937年、それまでのオランダ軍には、スウェーデンから購入したLandsverk 181(M36)と180(M38)しかなかったのですが、オランダのDAFという自動車会社が、国産の装甲車を開発しました。

これがPantrado 3で、1935年から開発が進んでいたPantrado 1、2の改良型で、1938年に試作車が完成しました。

しかしオランダでは装甲車輌を製造したことがなかったため、生産が遅れ、また砲塔はスウェーデンのランズベルク社に依頼をしました。

1939年にM39 Pantradoとして制式採用、12輌が完成していましたが、武器を装備したのが7輌、残りは主砲が装備されていませんでした。

ドイツ軍との戦いでは、限定的に使用されましたが、目立った戦果はありませんでした。

ドイツ軍は残った車輌を鹵獲し、Panzerspahwagen DAF 201(h)とし、東部戦線で使用しました。

主砲はボフォース社の37mm砲

副武装に機銃2挺

ゲームではチェコ製のMG37になっていますが、実際はイギリスのルイス機関銃です。

ルイス機関銃はオランダではM20機関銃と呼ばれました。

スピード20(75km/h)

最大装甲10mm



Overvalwagen �機�
Overvalwagen ��


A型


B型

オランダのオーバーヴァルワーゲン装甲車

オランダ領東インド軍で作られた車輌。

1940年にシボレートラックを改造し、船舶用の鋼板で車体を覆いました。

どれくらい作られたか正確な数は不明で、25輌〜90輌と言われています。

A型とB型がありますが、形状が大きく異なります。

日本軍との戦いでは、前線で戦闘車輌として投入されました。

オランダ領東インド軍が降伏後、残った車輌は日本軍が鹵獲し、使用しました。

戦後、残った車輌は再びKNIL軍に配備されました。


戦後、九四式テケとA型




ゲームではA型が�機�B型が�兇播仂譴靴泙后�



Otter �� (戦後)


1946年のオランダ軍のオッター


1947年のオランダ軍のオッター

カナダのオッター軽偵察車

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WW2が終結した1945年、連合軍が使用した兵器は大量に廃棄されました。

オランダはその廃棄場の一部だったこともあり、約300輌のオッター軽偵察車を手に入れました。

これらのうち、約120輌は実際に運用され、インドネシアやスリナムにも派遣されました。

1970年まで使用されたそうです。

オランダで使用されたオッターの写真は多く残っていますが、砲塔のないタイプの写真は一枚もありません。



M-H �� (KNILL)


南アフリカのマーモン・ヘリントン装甲車

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オランダは、オランダ領東インド軍(KNILL)がマーモンヘリントン装甲車を使用しました。

マーク3があったようです。

これらは日本軍により、鹵獲され使用されました。

戦後、1945年から1946年にかけて、オランダ軍は日本軍に鹵獲されていた車輌の一部を取り戻し、1948年のインドネシアの反乱に使用しました。





M3A2 Halftrack


M3A2 ハーフトラック

アメリカのM3A2ハーフトラック

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LVT-4 Amtrac


アメリカのLVT-4

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オランダがLVTを使用したという記録はありませんが、自由オランダ軍が1944年9月のマーケットガーデン作戦に参加していることから、この部隊が使用したと思われます。


登場年代が1944年9月になっているので、多分そうでしょう。