(マレーの戦い)
#314 Japanese Blitzkrieg (1941.12.11)
#178 Breakthrough at Jitra (SPWAW 2016 Enh) (1941.12.12)
#637 In the Old Tradition (1941.12.31)
(ウエーク島の戦い)
#498 Wake Island (1941.12.23)
#499 Wilkes Island (1941.12.23)
(2020.2.28 更新)
今回はマレーの戦い(マレー作戦)を紹介します。
海軍が真珠湾を攻撃しアメリカの太平洋艦隊に打撃を与えている間に、陸軍は侵攻作戦を予定していました。
これが南方作戦(あ号作戦)と呼ばれたもので、
・マレー半島とシンガポールの占領
・イギリス領香港の攻略
・アメリカ領フィリピンの攻略
の3つの目標とし、これらを占領した後、
・オランダ領東インド(現インドネシア)の占領
がありました。
何故?インドネシア?
とお嘆きの貴兄もおられることでしょう。
開戦前、日本はアメリカにより石油の輸入が止められていました。
そこで石油資源の調達、確保は何よりも何よりも重要なことだったのですが、インドネシアには、ジャワ島、ボルネオ島、スマトラ島の他にも数えきれないくらいの島々から天然の石油が採掘されたのです。
そのインドネシアの石油を確保し、これを日本に輸送するというのが南方作戦の目的でした。
今回は南方作戦の始まりとなったマレー作戦のみを取り上げることにします。
1941年12月8日、午前1時30分、山下奉文中将率いる第25軍はコタバル、パタニ、シンゴラへ上陸をしました。
パタニとシンゴラはタイ領で開戦当時、タイは日本軍の侵攻に対し抵抗しましたが、その後停戦、そして1942年1月には枢軸国となりました。
コタバルにはイギリス軍の拠点の飛行場があり、ここでイギリス軍と激しい戦闘となりましたが、9日には制圧しました。
その後も日本軍の快進撃は続き、驚異的なスピードで進軍を続け、わずか70日でマレー半島1100�劼鯀�破し、シンガポールまで陥落させました。
このときの日本軍の戦術は、後に日本版の電撃戦(Britzkrieg)とも呼ばれています。
それではシナリオの方を見ていきましょう。
このシナリオはマレーでの戦いの序盤に起こった「ジットラの戦い」の一部を描いています。
シンゴラから上陸した第5師団が向かったのはケダ州にあるジットラという都市でした。
このジットラは幹線道路が多く結合していて、日本軍はこのジットラを作戦のカギとしていました。
このシナリオはジットラより手前にある「Changlun」(チャンルン)と「Asun」(アスン)の戦闘を描いています。
日本軍は第5師団
イギリス軍は第11インド歩兵師団
日本軍の第5師団は広島で編成された部隊で司令部のあった広島城には今も跡地が残っています。
一方、イギリス軍はインド第11歩兵師団で、イギリス領であったインド出身のパンジャブ部隊やグルカ兵で構成されていました。
このインド第11歩兵師団は後に日本軍との戦闘で奮闘しますが、シンガポールでイギリスが降伏した後、全ての兵士は捕虜となりました。
混乱の中、イギリス軍はジットラにジットララインという防衛線を築き、日本軍を迎え撃ちますが兵士の練度も低く、その上日本軍のスピードがあまりにも速かったためさらに混乱しました。
特にインド兵を驚かせたのは日本軍の戦車でした。
ほとんどの兵士は戦車を一度も見たことがなかったためパニックに陥ってしまったそうです。
日本軍は戦車を先頭に歩兵が縦列になって進んできました。

イギリス軍は2ポンド対戦車砲で応戦し、先頭の戦車を撃破しましたが対戦車砲陣地は戦車の蹂躙攻撃を受けてしまいます。
その後、イギリス軍はチャンルンから、グルカ兵の陣地があるアスンまで退却します。
アスンにはグルカ部隊がいましたがここも日本軍に突破されました。
シナリオはここまでの戦いを描いています。
ゲームは45ターン。
日本軍の戦車部隊は増援で登場します。
日本軍でこれだけ多くの戦車を使うシナリオはめったにありませんw
しかもイギリス軍には戦車が登場しません!
イギリス軍は当初、ジットラで2ヶ月は日本軍の攻撃を持ちこたえられると想定していました。
しかし上層部の作戦の決定の遅れや命令の伝達が初動の遅れとなり、貴重な10時間が失われました。もしこの時間があったなら、日本軍をもっと足止めできたのではないかということです。
戦後のイギリスの戦記ではシンガポール陥落になった要因として、このジットラの防衛線が持ちこたえられなかったことが大きかったと物語っています。
もう一つ日本軍の電撃戦を支えたものを紹介しておきましょう。
それがこれ、
自転車部隊、またの名を「銀輪部隊」
ただしイギリスの戦記本には銀輪部隊のことは書かれておらず、Wikiにも日本語のみとなっており、ゲームにも登場しませんので、海外ではあまり知られていないのでしょうか。
そしてもう一つのシナリオ「#178 Breakthrough at Jitra」
こちらはSPWAWの2016バージョンに収録されているシナリオです。
このシナリオの製作者は日本豹鋼司令部を運営されていたNor氏。
今は何をしているのでしょかーww
Nor氏は5本のシナリオ製作していますが、5本全て収録されており、しかも全てマレー半島の戦闘を題材にしたものです。
(たしか第5師団にご家族がおられたということを聞きましたが、もううろ覚え)
今回はこの「#178 Breakthrough at Jitra」を代表作として取り上げますが、これが一番の大作です。
この頃の日本軍は夜間攻撃を主としていましたが、これも夜間戦闘です。
(視界が5です)
ジットラの防衛ラインの雰囲気がかなりよく出ていて、地雷原と鉄条網で安易に戦車で突っ込んでも活路が開けないです。
イギリス軍には2ポンド砲と対戦車銃ぐらいしか対戦車兵器はなく、この砲弾(40mm)はチハたん(九七式)にとってはそれほど脅威ではないのですが、ダメージはめちゃ入りますw
15ターンとターン数が短いわりには、工兵による地雷撤去作業に時間がかかるので、結構大変かもしれないです(汗
また増援部隊として登場する「Message B 」というユニットですが、これはバグですw
一応、2016バージョン用にシナリオも見直しているそうですが、こういうバグはあります。
そうそうSPWAWはバージョンアップが多かったので、よくユニットが変わってしまうバグがありましたよね、懐かしいわ。
今回のシナリオはマレーの戦いで紹介した「カンパー(カンパル)の戦い」です。
これも追加としての紹介なので時系列ではこちらになります。

大きな戦いとしては「ジットラの戦い」と「スリム河の戦い」の間にあった戦闘です。
戦闘にあったカンパー(カンパル)の街は、20世紀に合金であるスズが取れるスズ鉱山で栄えた街です。
当時、マレーシアで取れるスズはヨーロッパでは有名で、工芸品を作るために使用されました。
第一次大戦後は鉱山の閉鎖により街も衰退しましたが、現在では街も活気が戻ってきています。
カンパーの郊外には山々の尾根からなる小高い丘(Ridge)がいくつかあり、こういう地形は主要な道路や地形が見渡せることから戦略的に重要な場所となっていました。

イギリス軍は日本軍の第5軍の足止めと、第9インド歩兵師団の撤退ための時間稼ぎをなんとしてもする必要があり、このカンパーの「トンプソンリッジ」「グリーンリッジ」「セメテリーリッジ」の3つの丘に急きょ強固な防御陣地を構築しました。
日本軍は第5師団の第41歩兵連隊(松井中将)
イギリス軍は第11歩兵師団(インド)と様々な混成部隊
イギリス軍はジットラでの戦いで散り散りになり退却したきた部隊をかき集めましたが、兵士の体力や士気は高くない状況でした。
戦闘は12月30日ー1月2日に行われました。
特にシナリオの舞台となった「トンプソンリッジ」では激戦になりました。
30日、日本軍は攻撃を仕掛けましたが、丘の上からは日本軍の姿がよく見えており、イギリス軍は12門の25ポンド榴弾砲による砲撃で日本軍に大打撃を与えます。
しかし戦車を先頭し日本軍は攻撃を再開、トンプソンリッジの塹壕を占領しました。
31日、イギリス軍は第8パンジャブ連隊の生き残り兵が勇敢に日本軍の塹壕に向って突撃攻撃を敢行しました。
戦闘は白兵戦になり、塹壕は血に染まります。
このシナリオは「In the Old Tradition」(古き伝統)というタイトルですが、イギリス軍(インド部隊)によるこの突撃攻撃は堂々と正面からの突撃で、昔風の銃剣突撃のようだったそうです。
このトンプソンリッジの戦闘は日本軍とイギリス軍との間で奪い合いがあり2日間続きました。
日本軍の第41歩兵連隊の松井中将は、カンパル攻略は難航するとみており、そのため別働部隊をテロカンソンという地に奇襲上陸させます。
この部隊が2日にカンパル西南に到着、それを見たイギリス軍はここから撤退をしていきました。
シナリオの戦場となったトンプソンリッジの戦闘による死傷者の数は分かりませんが、このカンパーの戦いにおいて日本軍第41歩兵連隊は500名の死傷者を出しました。
イギリス側の戦史ではこのカンパーでの戦いで日本軍と互角に戦ったパンジャブ部隊を英雄として後世に語り継いでいます。
さて、シナリオのプレイですが、このシナリオはとても面白くプレイできました。
いつもならここで取り上げるのですが、別にこちらで紹介することにします。
ウェーク島の戦いを取り上げます。
ウェーク島の戦いは1941年12月8日から23日までとなっていて、太平洋戦争の開戦と同時に起こった戦いです。
太平洋上にある小さな島で起こった戦いなので、ご存じない方も多いことでしょう。
ハワイよりも日本に近いです。
そしてすぐそばにはあのミッドウェイ島もあります。
今はアメリカの領土ですが、環礁のため現在は誰も住んでなく、観光地もありません。
ウェーク島の戦いは日本語のWikiを見ると、日本軍の勝利と書かれていますが、英語Wikiを見ると、第一次戦闘はアメリカの勝利、第二次戦闘は日本の勝利と書かれています。
真珠湾の奇襲攻撃、マレー半島での快進撃で大戦果に湧き上がっていたとき、実はウェーク島では痛い敗北をしていました。
日本の戦史ではあまり取り上げられませんが、アメリカの戦史ではウエーク島の戦いは劣勢の状況で奇跡的な戦いをしたことを取り上げています。
たった4機の戦闘機にゲームのように機銃掃射され、駆逐艦は撃沈されています。
たった4機です。
後日、4機は全て撃墜されますが、損失が大きすぎました。
日本軍が惨敗した第一次攻撃が12月8日から20日。
(陸上部隊は11日に撤退)
第二次攻撃が12月21日から23日に行われ、島への上陸は全て海軍陸戦隊でした。
海軍陸戦隊は海軍の強襲上陸用の部隊なので、ゲームでも士気値、経験値が高いエリート部隊です。
上陸はしましたが、守備隊の猛烈な反撃に死傷者が続出しました。
ここで日本軍は決死隊を作り、米軍の弾幕をかいくぐります。
そして決死隊はなんと敵将を生け捕りにしたのです。
ウエーク島の指揮官であったカニンガム中佐を捕虜にし、カニンガム中佐に残りの兵士に投降するよう呼びかけさせました。
さすがにこれはゲームにはない展開ですよねw

それではシナリオを見ていきましょう。
SPWW2には2本のウエーク島のシナリオがあります。
#498はウエーク島の戦い、#499はウィルクス島の戦い。
ウエーク島には飛行場、滑走路があり、司令部がありました。
ウィルクス島は弾薬庫、沿岸砲。
ピール島は当時は一部市民が住む町になっていました。
日本軍はウエーク島とウィルクス島(↑の図で南西から上陸)に同時に上陸をしました。
#498はウエーク島の戦いです。
日本軍は陸戦隊の歩兵中隊が3個中隊。
しかしゲームには九七式中戦車チハが3輌登場します。
日本軍にはありがたいですが、史実には戦車は登場しません。
この九七式中戦車を登場させた理由はよく分かりませんが、かと言って、日本軍が有利かと言うとそうでもありません。
米軍にはM3 37mm対戦車砲があり、また75mm榴弾砲もHEAT弾で貫通します。
この辺はゲームバランスを考えての配慮なのかもしれません。
珍しく日本軍は艦砲射撃の砲撃支援があります。
Destroyer(駆逐艦)からの強烈な5インチ砲(12.7mm)の砲撃です。
史実では味方が上陸したため、艦砲射撃はできなかったとありますが、ゲームでは艦砲射撃アリです。
また戦闘機の航空支援も充実していますが、これは結構撃墜されます。

飛行場のVHを確保する部隊と南の丘のVHを確保する部隊とに分かれます。
ターンは25ターン。
日本軍の艦砲射撃と航空支援が炸裂する珍しいシナリオです
難易度は普通ですので、初心者向けでしょう。
ウエーク島の戦いのもう一本のシナリオ。
こちらはウィルクス島を扱ったものです。
ウェーク島には全部で6門の5インチ沿岸砲がありましたが、ウィルクス島には2門がありました。

日本軍の駆逐艦の主砲12cm砲よりも射程が劣っていたため、射程距離に入るまで発砲せず、3700mの距離で駆逐艦疾風(はやて)を撃沈させました。

ゲームではこの砲は登場せず、代わりに75mm砲と155mm砲が登場します。


アメリカ軍は上陸する日本軍を迎え撃ちます。
16ターンなんとか粘ればいいのですが、どう考えても日本軍有利です。
155mm砲で海岸に上陸する敵に砲撃要請しようとしましたが、これは距離が近すぎてダメでした。
口径が大きいと近すぎる目標には砲撃支援ができませんが、直接攻撃は可能です。

中盤以降、何もすることがなくなりますw
16ターンですが、20〜22ターンだと完全に日本軍にVHを占領されそうです。
出来としては微妙なシナリオです。