Steel Panthers World War 2   JAPANESE  HQ

> ユニットガイド  

戦車・装甲車 6

BT -42 (フィンランド)
T-50 / T-50E (ソ連)
T-60 M1941 / T-60 M1942 (ソ連)
BM-8-24 / BM-8 Katyusha (ソ連)
BM-13 Katyusha / BM-31 Andryusha (ソ連)
T-70 M1942 / T-70 M1943 (ソ連)
SU -76(SU-12) / SU-76M (ソ連)
SU-76i (ソ連)
T-80 (ソ連)
KV -8 / KV-8s (ソ連)
T34/57 M1941 / T34/57 M1943 / KV-57 (ソ連)
Komsomolets  / Komsomolets STZ (ソ連)

BT-42 (フィンランド)

BT42

フィンランドはソ連との戦いで、多くのソ連戦車を鹵獲しました。

このBT-42は鹵獲したソ連軍のBT-7を改造したものです。

車体はそのままで、砲塔にイギリスからもらった114mm榴弾砲を搭載しました。
(捕獲品ともらいものの混合じゃん)

とは言っても、その場しのぎで作ったため、あまり乗り心地はよくなかったそうです。

ですが、こんな装甲ペラペラな戦車で、1944年のソ連軍の戦車とやりあっている根性がすごい!

しかも榴弾砲なので、HE弾しかないのに!

結果は惨敗でしたが、その結果、18輌作られたうちの10輌は戦場に出ることなく生き延びました。

1942年9月 〜1946年12月まで購入可能


T-50   /   T-50E  (ソ連)

T50

大戦中、ソ連はT34/76がありながらT-50のような歩兵支援戦車も生産しています。

このT-50は、T-26軽戦車に代わるものとして作られました。

対ドイツ戦車では歯が立ちませんが、フィンランド軍にはこれでも十分だったのかもしれません。

足回りはよく、時速33kmで走ることができます。

そして主砲は45mm砲を搭載。

ただしレニングラードに工場があったため、ドイツ軍の攻撃で工場が封鎖されてからは生産されませんでした。

そのため 69輌のみが生産され、フィンランド戦線に投入されています。

T-50Eは装甲強化型で、砲塔の装甲だけが強化されています。

共に1942年12月〜1943年4月までの限定購入です。

また派生型として、「T-50-57」も登場する。

これは主砲が57mm砲に改良されたもの。

こちらは1943年1月〜12月までの購入


T-60 M1941 /  T-60 M1942 (ソ連)

T60

番号順で見れば、T-50の次はT-60なので、T-60はT-50の改良型なのかと言うと、そうではない。

こういうところがソ連戦車のわかりづらいところ。

このT-60は、前出のT-40水陸両用戦車がT-30となり、そのT-30からきているもの。

ドイツ軍がモスクワ眼前まで進撃してきたため、急きょドタバタ劇の中で何でもいいからたくさん作れと1万輌もの大量生産を命令に作られた。

そのためか、装甲はないに等しい25mm(前面)と武装は20mm機関砲、そして2名乗りである。

T-70が生産されるまで約6000輌もの数が生産されたために、前線にも惜しげもなく投入され、残すところなく撃破され続けました。

そのため「二人兄弟の墓」というあだ名を友軍からもらった始末。

スターリングラード戦では活躍したそうです(汗)

「T-60 M1942」は装甲が強化された型で、前面装甲が35mmになった。

T-60 M1941は、1942年12月〜1943年6月まで購入可能

T-60 M1942は、1943年7月〜1944年5月まで購入可能


BM-8-24 / BM-8 Katyusha  (ソ連)

BM-8

ソ連軍のロケット砲、カチューシャ「B-8」を搭載した車輌はいくつかあるが、その一つが、「BM-8-24」で、これは上で紹介した「T-60」の車体を利用したもの。

見て分かるように、砲塔を撤去し、そこに82mmロケット弾発射機を搭載した。

この発射機は12発が2段になっているので、計24発を発射できる。

ただし、威力は82mmの迫撃砲と程度で、しかもアッという間に撃ち尽くすので、 撃ちつくすと補給をしなければならないため、あまりゲームではありがたくない。

1942年1月〜1946年12月まで購入可能

またトラックの車体を改造して作った車輌もある。

こちらも 12発が上下の計24発。

1942年1月〜1946年12月まで


 BM-13 Katyusha / BM-31 Andryusha (ソ連)


BM-13
BM-31

ついでにその他のカチューシャを搭載した車輌も紹介しておきましょう。

「BM-13」は132mmのロケット弾「M-13」を搭載しています。

車体のトラック「ZIS-6」にロケット弾発射機を取り付けたもので、ロケットの本体が大きい分、8発が2段の計16発の搭載となっています。

後にドイツ軍からは「スターリンのオルガン」と恐れられましたのはあまりにも有名。

1941年1月〜1946年12月まで購入可能

「BM-31」はより口径の大きい300mmのロケット弾「M-31」を搭載しています。

こちらもトラック「ZAIS-6」に、6発が2段の計12発が積載されています。

300mmのロケット砲の威力はすさまじく、「KILL」値が55もあります。

このBM-31は「アンドリューシャ」と呼ばれたそうですが、事実はソ連軍の記者の間で使われただけのようです。

またカチューシャのようなロケット砲はゲームではあまり目立った戦果を挙げることができないのが現状で、 まず、弾薬が少ないというのと、着弾誤差が大きすぎて使いづらいということ、 それに砲撃要請してから砲撃が来るまでに時間がかかりすぎるという欠点があります。

そもそも大口径の砲はこういった問題がありますが、それでも与える損害はハンパないものがあります。

使うか使わないかはあなた次第。

1944年3月〜1946年12月まで購入可能


T-70 M1942  /  T-70 M1943 (ソ連)

T-70

前出のT-60では武器も装甲も全く役にたたないため、 T-70はT-60の後継機として作られました。

その結果、主砲に45mm対戦車砲が搭載されました。

装甲は前面装甲が60mmとなりました。

T-70

前面以外は薄すぎ(笑)

これで軽戦車としては十分すぎる性能となりましたが、いかんせん、相変わらず乗員2名のまま。

しかし約8000輌も 生産され、大戦後期まで使用されました。

T-70 M1943は、装甲強化型として砲塔装甲などが強化されたタイプです。

なお、T-70は前面からのシルエットがT34に非常に似ているため、T-70を撃破したドイツ戦車長はT34を撃破したとの報告も多くあるそうです。

M1942は、1942年4月〜1945年1月まで

M1943は、1943年6月〜1946年12月まで購入可能


SU-76(SU-12) /   SU-76M (ソ連)

SU-76

ドイツ軍の3号突撃砲に苦しめられたソ連は自走砲の生産が急がれました。

そこで大量に作られたT-70の車体をベースとして、そこに76mm砲を搭載した車輌を計画、生産されました。

SU-76は当初、SU-12と呼ばれ、オープントップではなく密閉式でした。


SU-76

この車輌は350輌が生産され、クルスクの戦いでは歩兵支援のために大量投入されたそうです。

しかし戦闘室に排煙がこもってしまう欠点があり、改良型として戦闘室の上部を取ってオープントップにしてしまったのがSU-76Mです。

SU-76M
SU-76M

これは17000輌もの車輌が生産され、ソ連軍の代表的な自走砲となりました。

しかし実際には、操縦士の横にエンジンがあり、操縦士にとってまさに灼熱地獄だったり、冬は寒かったりということで、「スーカ」(畜生)という名前がつけられたそうですw

SU-76 (SU-12)は、1943年1月〜1943年6月まで

SU-76Mは、1943年5月〜1946年12月まで購入可能


SU-76i (ソ連)

SU-76i

名前はSU-76Mと似ているがこちらは全く異なった車輌です。

このSU-76iは、ドイツ軍から捕獲した3号戦車や3号突撃砲戦車を改良して作ったもの。

なので車体部分は3号戦車そのものです。

上記のSU-76Mが登場するまでのつなぎとして約300輌の車輌が作られました。

そんな大量の3号戦車がソ連軍の手に渡ったのは、モスクワ戦やスターリングラードでの戦いで故障したもの、または撃破されたもの、放棄されたものなどをかき集めたものだそうです。

なんといってもこの戦車、自国のSU-76Mなんかよりはるかに防御力や居住性に優れ、戦車乗員からは評判がよかったそうなw

1943年7月 〜1944年2月まで購入可能


T-80 (ソ連)

T-80

T-70の後継機としてT-80は計画されました。

一体、どんだけ作れば気がすむんでしょうかw

T-80でようやく、2人乗りを改良することになり、3名になりました (拍手)

そして装甲も全体に厚くなりました。

わずか120輌が生産されただけに終わりました。

1945年1月〜1946年12月まで購入可能


KV -8 / KV-8s (ソ連)

KV-8

KV-8はKV- 1 の車体を利用した火炎放射戦車です。

主砲は45mm砲を装備し、第2火器に火炎放射器が装備されています。

火炎放射器は射程は2へクスですが、弾薬が20もあります。

火炎は、画像でも分かりますが、主砲の横にある穴から噴き出ます。

またKV-8sも、同様に火炎放射戦車です。

KV-8には第3火器がありませんが、KV-8sには第3火器と第4火器に7.62mm機銃が装備されています。

KV-8は1941年型をベースに、KV-8sは1942年型をベースにしていて、装甲の違いはありませんが、KV-8sは移動力が14になっています。 (KV−8は12)

生産数は102輌。

KV-8は、1942年6月〜1943年6月まで
KV-8sは、 1943年5月〜1945年12月まで購入可能


T34/57 M1941 / T34/57 M1943
KV-57 (ソ連)

T34-57

ソ連戦車特集が続いていますw

T34/57はT34/76の車体に57mm砲を搭載した戦車で、T34駆逐戦車(タンク・イストリビーチェリ)と呼ばれました。

一見すると、T34/76と同じですが、上の画像で見ると、砲の長さがかなり長いのが特徴です。

このT34/57に搭載されている「57mm ZIS-4」は、T34/76に搭載されている76.2mm砲よりも貫通力に優れています。

M1941 は1941年製の車体を、M1943は1943年製の車体を利用して作られました。

生産された車輌数は、正確な数は記録されていませんが、およそ320輌。

1941年のモスクワでの攻防戦で初めて投入されました。

また10月14日、第21戦車旅団に配属された10輌のT34/57は、3kmに及ぶドイツ軍のトラックからなる行軍を攻撃し大戦果を上げました。

そしてそのまま飛行場を攻撃、、ドイツ軍の重爆撃機を破壊していきます。

結局、飛行場内で撃破されましたが、生き残った乗員は脱出し戦線に復帰、その後、英雄になりました。

(この話、小林源文の漫画で読んだ気がするが・・)


(撃破されたT34/57)

T34/85の登場で生産は終わりました。

M1941は、1941年8月〜1942年7月まで
M1943は、1943年5月〜1944年9月まで購入可能

KV-57は、T34/57と同じく、「57mm ZIS-4」を搭載させた「KV-1」です。



KV-1の「1941年型」の車体を使って試作車輌が作られました。

(画像は試作車輌の「KV/57」)

試作車輌のみで終わったのか、詳しいことは分かりません。

1943年5月〜1944年9月まで購入可能


Komsomolets / Komsomolets STZ (ソ連)

Komsomolets

ソ連特集まだまだ続く〜

T20コムソモーレツは、ソ連の小型装甲牽引車です。

小型というかたどれぐらい小さいのかと思ったら、相当小さいです。

ゲームで登場するT20は、弾薬集積車と砲牽引車の2種類。

「Komsomolets」は弾薬集積車。

そして「STZ」の方は、「Carry Capacity」が106の砲牽引車。

106なので、「Load Cost」の「1」の軽い砲のみは牽引可能。

「Load Cost」の「2」の中砲・重砲クラスは無理です。

57mmも76.2mm もダメですw

あと、兵も6名までなら乗車可能。

武器は7.62mm機銃が第4火器に装備されています。
(ちょっとでも抑圧が上がると射撃不可能(泣))

8000輌生産され、フィンランドやドイツでも鹵獲したものを使用しています。

Komsomoletsは、1939年1月 〜1946年12月まで

STZの方は、1938年1月〜1946年12月まで購入可能

> 戦車7